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短編

婚約破棄で戦闘民族に目覚めた話

作者: Rena


「カミラ・アンドロー! お前との婚約をーーあばぶっ!」


 我が国の王太子、ルハンマド・ハンマスーニ様があられもない声を出して床に倒れ伏してしまいました。

あらあらまあまあ一体どうしたことでしょう。


 はっ……と気がつくとわたくしの拳が血で濡れていました。


 おもわずきょとんとしてしまいましたわ。


「な……カミラ・アンドロー公爵令嬢!!!!」


 王太子様の側近である近衛の低い声が響きました。周囲の視線をびしばしと感じますの。

 ええ、わたくしの内なる獅子が牙をむいたのですわ。常日頃押しとどめていた感情が限界突破したのでしょうね。


わたくしの脳裏には今までのルハンマド殿下の数々の所業が走馬灯のように浮かんでは消えていきました。


『俺はもっとか弱い女性がタイプなんだ! お前のような女は一人で生きろ!』

『女たるもの五歩は下がって歩け!』

『俺は真実の愛に目覚めたんだ! お前なんぞもう用なしだ!』


 わたくしの怒りはどうやら時間と共にきえていくものではなく思い出と共に積み重なっていくものだったようです。


 床の上には半開きの口から血を垂れ流して倒れている王太子様の姿。金の髪は力なくしなりとして、水色の瞳は白目を剥いていました。急所への的確な一撃。わたくしは戦闘民族と呼ばれる父方の移民の血をたしかに引き継いでいたのでしょうね。


 ちらり、視線を向けると周囲の者たちがひいと悲鳴を呑み込みました。ここは、卒業パーティー。わたくしはこの床に転がっている王太子に婚約を破棄されるところでした……が、寸前で息の根を止めました。


「きゃあ、こわーい……」

 

 王太子様の陰に隠れていた桃色の髪の令嬢は隠れるみのがなくなって顔面蒼白ですわ。声もまったくもって覇気はきがありません。ええ、わたくしこれでも東の国の武闘、タイキックも極めてますの。パンチだけかと思ったら大間違いですわ。


シュッ


 タイキックの構えを取った時点で桃色の令嬢は走って逃げていきました。追いはしませんわ。情けというものは持ち合わせていますから。


「す、すまなかったカミラ・アンドロー公爵令嬢、どうか気を鎮めてはくれないか」


 床に倒れ伏してものいわぬ王太子にかわって、卒業パーティーに呼ばれていた陛下がかすれた声でなだめにかかりました。


 いいえ、わたくし目覚めましたの。


 これはあらぶっているんじゃありませんわ。これが真実のわたくしなのです。


 わたくしは戦闘民族だったのですわ!


「な、なんて凛々しいご令嬢なんだ……!!」


 人込みをかき分けてやってきたのは海を隔てた隣国のミン・ユンジル王太子でした。漆黒の髪に漆黒の瞳、東洋の薫りがします。


 わたくしの深紅の髪をひと房掬い、髪先に口づけながら、彼は甘い言葉を囁きました。


「ぜひ、私の妻になってはもらえないだろうか」


…………


『ミン・ユンジル。お前は次期王太子として強い嫁を娶り、この国に強い遺伝子を残してゆくのだぞ』

 

 大陸東端に位置する武闘の国、チョウエンでは強さこそが正義。王家の鉄の掟として王族は『国一番の強者つわもの』というのがある。下剋上は物理的に起こさせない。国民の畏怖と尊敬を集めるカリスマ性は日々の鍛錬とこの血統にあった。現にミン・ユンジルの母君もまた武闘家の出であり、父君は国一番の槍の名手であり筋肉も隆々(りゅうりゅう)たるものだ。ミン・ユンジル自身もシックスパックに割れた腹筋をもち日々の鍛錬の厳しさを物語っている。


 結婚適齢期になり、王家の伝統にのっとり、ミン・ユンジルは世界一強い嫁を求めて放浪の旅に出た。山を越え、海を越え、各地を放浪するものの、他国では女性はか弱いものが是とされる価値観の為、そもそも鍛えている女性に出会わなかったのだ。このまま国には帰れない。ミン・ユンジルはだらだらと旅を続けるしかなく、半ばあきらめの境地だった。


 だがたまたま見かけたこの一幕にミン・ユンジルの心は震えた。天賦の才能。美しいほどの正拳突き。シンプルでありながら奥深いこの奥義は相手に与えるダメージを最大限にし、また自分の拳の怪我も抑えることができるものだ。腰の回転の力を利用した動きは彼女の筋肉量の少なさをカバーして力強い一撃を可能にしている。肩の力の抜き加減も絶妙で素人がここまでの境地に至るなど信じられない。


 そしてその顔立ちの濃さと深紅の髪は失われた暗黒大陸の覇者、廃国の戦闘民族、ウブドアリの面影すらある。ばさばさの睫毛に、意思の強い大きな二重の瞳、太めの眉毛に厚めの唇、異国の情緒あふれる面持ちにミン・ユンジルの心は高鳴った。これはーー運命だ!!


…………


 わたくしの金の瞳が大きく見開いたのが、ミン・ユンジル王太子の漆黒の瞳に映っていました。彼は強い嫁を探して世界を旅していたとのことですわ。なんて志の高い御方なのでしょう。


「よろしくおねがいしますわ」


 即断即決! わが民族の北方の血は自分より強い者に問答無用で惹かれてしまうのです。これは魂の赤い糸。どうして拒めましょうか。


「ま、まってくれ……」


 陛下が追いすがりますが聞く耳なんて持ちません。言いたいことはすべてその床に倒れている王太子様に言われますように。


「カミラという名前なのか。なんて耳に心地よい素敵な響きなのだろう。君の可愛らしい外見によく似合っている」


 甘く愛を囁くミン・ユンジル王太子に姫抱きにされながら卒業パーティーを後にしました。この国の軍事は我が国最強の男であるお父様が取り仕切っていたというのに、わたくしが家に帰って今日のことをお父様にお伝えしたら一体この国はどうなってしまうのでしょうか。


「ぜひ、私の国に来てほしい。ああ、ご家族も一緒でいい」


 ミン・ユンジル王太子のお言葉に甘えて一族もろともこの国からおさらばしようと思います。ええ、周辺諸国のみなさま、攻め入るなら今が絶好の機会ですわ。




 ーーこうして婚約破棄をしようとした王太子は暴力で婚約破棄を寸止めされたうえにNTRされ、国の戦力は半減し、周辺諸国に攻め込まれて国は滅びました。


 一方武闘の才能が目覚めたカミラ・アンドロー公爵令嬢は東の国、チョウエンで戦姫として活躍し、国を発展させるのにおおいに活躍したとのことです。


 



******



「カミラ、口を開けて」

「じ、自分で食べられますわ……」


 水上の東屋で、ミン・ユンジル王太子の膝の上にのせられながら口元に桜桃さくらんぼを寄せられておもわず顔が赤くなってしまいます。


 わたくし、今までそんなひとときを元婚約者様とは過ごしてこなかったからなんだかむずがゆいですわ。


「緊張してるのか? 初々しくて可愛いな」


 頬にキスを贈るミン・ユンジル王太子は随分と手慣れている様子でわたくしの心臓がもちそうにもありません。


「からかわないでください」


 ぷいと横を向くとくつくつと笑い声が聞こえてきます。

 

「ああ、いや、なんだ。そんな顔も可愛いな」


 膝の上でふくれているだけでそんなに可愛いですか?


「ギャップというものだろうか、私の胸に響くよ」


 そういってまたも新しい桜桃さくらんぼをわたくしの口元に寄せてきます。もう頬っぺたがぱんぱんになってリスのようになってきました。


「くくっ まるで小動物のようだな」


 そう嬉しそうに笑うミン・ユンジル王太子は今日も幸せそうです。あなたの顔を見てるだけでわたくしもおだやかな気持ちになれそうですわ。


 そよそよとそよぐ風が湖畔を通り東屋の中を吹き抜けていきます。


 わたくしはあのとき卒業パーティーで婚約破棄をされて本当に良かったと今ではそう思えるのです。


お読みいただきありがとうございました!

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