第68話 俺、異世界で思い出せるが思い出せない
俺はこの状況を変えるべく、咳ばらいをすると「セルーンお姉ちゃん、早速だけど近接での戦い方を教えてくれないか?」と聞いた。いつものセルーンに戻ったらしく俺の問いに対して「あー、そうね、さすがにここでは出来ないし、冒険者ギルドの裏の演習場に行きましょう」と普通に答えてくれた。
そしてセルーンは靴屋の戸締りをすませると俺たちと一緒に演習場に向かった。時間としてはまだ早いが暗くなってきた空を見て俺は仮面バージョンの彼女と会ったのもこんな感じだったなと思い出していた、まぁそのときは通行人はゼロだったんだけどな・・・。
演習場に着くとそこには俺たちを待っていたのかセンチネルとセレーンの姿があった。なぜ2人がいるのかを質問するとセンチネルから「なんか面白そうだと思ってね!」というただの野次馬として来ているようだ・・・そんな回答を聞いた俺はギルドマスターなんだから、それよりも仕事をしろよと思ってしまった。
セレーンさんは靴屋の制服ではなく今回は受付嬢の制服に着替えていた。ふむ、やっぱりセレーンさんはこっちの方が色々としっくりくるな・・・目の保養にもなるし・・・。
着いてすぐに始めるのかと思っていたがセレーンさんの方から「外から見えないようにするから、ちょっと待っててね♪」と言うと魔法を発動するためか詠唱し始めた。
俺はその詠唱が終わるまでの間、ラジオ体操でもして待つことにした。さすがに仮面バージョンの彼女の特訓を受ける以上はケガをしないためにも最低限これぐらいの準備運動はしていないとアスティナの身体が大変なことになりそうな気がする。
エリンたちはラジオ体操がよっぽど気になるのか興味津々な様子でこちらを見ている・・・。俺ひとりだけでやるのがなぜか急に恥ずかしくなってきた・・・よし、こうなったらこいつらも気になっているようだし、巻き込んでしまおう・・・。
「この一連の動作をするとウォーミングアップになって・・・えーと、ケガ防止とかに効果があるんだぜ。みんなもやろうぜ、さぁさぁ!」
上手いこと勧誘出来たか不安だったがまずはセンチネルが両手を上下にブンブンと振りながらこっちに駆け足で近づいてきた・・・。その次はエリン・・・最後にセルーンと続けざまに確保することが出来た。セレーンさんは少し寂しそうにこっちを見ながら詠唱を続けている・・・。
俺は一つ一つの動作がエリンたちに分かるように少しゆっくり目に一からまたラジオ体操を始めた。
「いち、に、さん、し、ごー、ろく、しち、はち!もう一回、いち、に、さん、し、ごー、ろく、しち、はち!」
と俺が掛け声をかけると3人も同じように「いち、に、さん、し、ごー、ろく、しち、はち!」と復唱している。
子供の頃に朝早く起きては公園とかに集まってやってたなぁ・・・そういや・・・幼馴染のアイツは俺の親友はいまどうしているのだろう・・・久しく会ってないなぁ。オサナナジミ・・・俺にそんなやついたっけ・・・あれ・・・いたはずなんだ・・・一緒にゲームをしたり漫画を貸しあったり・・・あれ・・・思い出せない。
子供の頃からずっと・・・高校に入っても毎日のように一緒に遊んでいた記憶はあるのに・・・それが誰だったか全く思い出せない・・・顔も名前も全て。
俺の掛け声が小さくなり、急に考え込むように俯きだしたことに不安になったのかエリンは俺の方に駆け寄ってきた。他の2人も俺の様子がおかしいことには気づいているようだったがエリンに任せようとしているのか俺がラジオ体操でやったところまでを何度も繰り返していた。
「アスティナ・・・どうしたの?」
「・・・いや、なんかラジオ体操をしていたら昔をことを少し思い出してな・・・」
「・・・・・・その割にはすごく悲しそうな顔をしているわよ。嫌なことでも思い出したの?」
「うーん、それがな・・・なんて言っていいのか、思い出したんだけど思い出せないというか・・・・・・」
俺は自分でもなんて説明をすればいいのか頭を抱えていると・・・エリンは俺を包むかのように柔らかいタッチで抱きしめてきた・・・。
それがとても心地良くて、一瞬でこのもやもやした気持ちを吹き飛ばしてくれた。セルーンとはまたベクトルが違うハグだ・・・言うなればエリンのは柔でセルーンのは剛って感じだな・・・そんな感想すら出るほどにリラックスしたところで、俺はエリンにさっきの続きを話した。
俺の話を聞いたエリンは一瞬、悲しそうにはしたがすぐに笑顔になると俺に「大丈夫よ!思い出せたのならいつかきっと全てを思い出せるわ!フォレストエルフに誓って、そう断言するわ!」と励ましてくれた。
俺はエリンに「ありがとうな・・・それじゃ、ラジオ体操の続きをするか!」と言うと待たせていたセンチネルとセルーンに右手を出しながら「ごめん、待たせた!」と伝え、ラジオ体操を最後まで終わらせた。
「はい、これで準備体操は終わり。みんなおつかれさん!体もほぐれて、良い感じだろ?」
「アスティナ君、このラジオ体操なんだけど冒険者ギルドで広めてもいいかい?」
「別に俺が考えたわけでもないし、好きにしてくれて構わないけど」
そう返答するとセンチネルは親指を立てて「アスティナ君、ありがとう!お礼は弾む!!」と言ってきた。俺の聞き間違いでなければ「お礼を弾む」って言っていたような・・・自分で考えたわけじゃないんだけど・・・まぁ頂けるものは頂いておこう。
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