第199話 俺、異世界で久々にラジオ体操をする
柄に手を当ていつでも抜刀できる姿勢のまま・・・手合わせしたくて今か今かとうずうずしている依頼主のカスミに少し待ってもらっている。
合間合間で休憩できるのであれば、すぐにでも手合わせしても問題はなかったのだが・・・俺の目の前にいるあのサムライはそんなことなど微塵も気にせず、本当にぶっ倒れる直前まで訓練を続行しそうな気がする。
そのため前もって休憩スペースを用意しておくことにした。
ちょうどリラックス効果も期待できそうないい感じの湖もあるし、訓練の邪魔にならないように湖周辺ではあるが少し奥の方にテーブルや人数分のイス、食器類を取り出して最後に水筒や空き皿に適当に選んだお菓子をのせる。
最初は興味なさそうにしていたカスミだったが・・・俺が何も無い空間からあれやこれやとどんどん取り出していく姿に徐々に興味が出たのか、ふとカスミの方を振り返ったときには先ほどまで柄に手を当て訓練開始の合図を待っていた依頼主の姿はなく、ただただ純粋に子供が玩具を見るような瞳でジーっとこっちを凝視している。
エリンは早速用意できた休憩スペースを我が物顔で占拠していた・・・まぁ変に動かれるよりかはそれでおとなしくなるのであれば・・・そっちの方が断然良い。
カスミと目が合うと・・・カスミは休憩スペースでくつろいでいるエリンを見ていたことが俺にバレたと思ったようですぐに視線をずらしていた。
どうやらカスミはこの休憩スペースにも興味がありそうだし、ちゃんと理由さえあればちゃんと休んでくれそうだな。
セルーンの実践訓練も大概ヤバいものではあったが・・・それでも長くても二時間ほどで一回は休憩を必ず取っていた。
彼女の教えは長時間ぶっ通しで続けたところで人は集中力が持続しない・・・だから一定時間経過する度に休憩を取り、その間に訓練した内容を整理して次戦の準備をする、それを延々と繰り返してやれることを少しずつ増やしていくというのが彼女の教え方だった。
最後の方は休憩無しでどこまで動き続けられるかというサバイバルな内容だったな・・・まぁそのおかげで身のこなしは前と比べ物にならないほどにスムーズに動かせるようになったんだけど・・・もう二度とやりたくはないな・・・マジで。
ということでセルーンの教えを早速カスミに伝えてみるとしよう。
「カスミさん、ちょっと訓練について相談があるんだがいいか?」
「はい、なんでしょう」
「俺に体術を教えてくれた先生のやり方でこの三日間訓練しようと思うんだけど、内容としてはシンプルなもので最長でも二時間で一旦休憩を取ること・・・以上」
「しんぷる・・・というのはよく分かりませんが・・・休憩を取ること、承知いたしました」
すんなりと俺の提案を受け入れるカスミ。
「ありゃ・・・動けなくなるまでとか言ってたから、てっきり俺は休憩要らないって言いそうだなと思っていたんだけど・・・」
「さすがに某もそこまで酷くはないですよ・・・ひとりではやりますけど」
「いや・・・それはそれでダメだろ・・・」
「・・・・・・そうでしょうか?」
カスミは何がおかしいのか分からないようで首を傾げそう答える。
この感じ・・・これ以上掘り下げたところで・・・カスミには伝わらなさそうだし・・・もうこれでやめておこう。
俺はストレージから置き時計を取り出すとエリンに手渡した。
さて・・・ここ最近ほとんど身体を動かしてなかったし・・・まずはラジオ体操でもして身体をほぐすか。
「あー、カスミさん。訓練する前にもうちょっとだけ待ってもらっていいか・・・ケガしないように身体をほぐすからさ」
そして俺ひとりでラジオ体操をし始める・・・それをただただ無言でジッと見つめるカスミ。
同じ動作を繰り返しては次の動作に移ることに気づいたカスミは途中から俺を真似て同じようにラジオ体操をし始めた。
そしてふたりがラジオ体操しているのをお菓子を貪りながら横目で見ているエリン。
「ごー、ろく、しち、はち・・・おっし、これでラジオ体操お~わり」
「らじおたいそう・・・これが・・・ラジオ体操!!」
急に眼をキラキラさせ両手でそれぞれグッと拳を握り、大声で叫び感動するカスミ・・・そして続けざまに犬耳をピコピコ動かしながら俺の名前を連呼する。
「アスティナ・・・アスティナ・・・・・・あっ、アスティナ殿!!貴殿が・・・貴殿があのアスティナ殿だったのですね!!」
「あのアスティナってのは知らないけど・・・アスティナですが?」
「あっ、失礼しました・・・貴殿の考えた予備動作のラジオ体操が冒険者ギルドで流行しておりまして・・・ただ某はラジオ体操という名しか知らなかったので、実際にラジオ体操が出来てつい嬉しくなってしまいました・・・」
「あーーーーーー、そうなのか・・・センチネルの野郎・・・・・・俺の名前を出しやがったのか・・・ふ~ん、そっか~、ふ~ん」
ラジオ体操を冒険者ギルド内で流行らせようとしていたことは知っているし、俺もそのことは了承した・・・了承したが・・・まさか俺の名前を出すとは思ってもみなかった・・・というかそれ以前にセンチネルにはあれ以降も何度か顔を合わせているのに一言もそのことについて話してこなかったな。
今度帰ったときにはちょっと追及してやるとしよう。
「アスティナ・・・殿?」
「あー、ごめんごめん。カスミさん・・・とても・・・とてもいい情報を教えてくれてありがとう!!」
急に俺から感謝されたカスミは「いえ・・・どういたしまして?」と疑問形で返事をしていた。
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