家族の形
練習の汗を流し、ゆっくりと浴槽に浸かって、脱衣所に出る。曇り留めをしてある鏡もあがった直後は僅かに白く染まってしまうため、体を拭きながら換気を待つ。部屋着を纏ったところで鏡が見えるようになってきたので、小羽はスツールに腰掛けてドライヤーを取り出した。
鏡に映るのは、湯気に劣らぬ白い姿。瞳だけが紅く浮いていて、直視する度痛みの記憶が蘇る。
「……考え事はやめよう。もうすぐ最後なんだから」
子供たちに夢を届ける仕事をしているのに、憂鬱な顔でいるわけにはいかない。だいたい自分がなにを考えたところで、現実は変わりようがないのだから。
髪を乾かし終えると、小羽は新しいウィッグを装着した。
雅臣の前でも変装するのは、彼を信用していないのではなく、団長の家とあって夜でも稀にだが来客があるためだ。家に人が来る度、自室に駆け込んで怯えるくらいなら、寝るギリギリまで安心出来る姿でいたい。雅臣もその複雑な心境を理解してくれており、部屋着用のウィッグをもう一つ買い与えてくれたのだった。
「お父さん、お風呂あがったよ」
「お帰り。さっぱりしたようだね」
「うん」
座って、との言葉に従い、小羽はダイニングテーブルに着いた。頃合いを見計らって作っていたらしく、既にパスタ皿が二人分テーブルに載っている。横には小鉢のフルーツサラダがあり、水のポットとグラスもそれぞれ二人分向かい合う形で並んでいる。
「わあ、美味しそう」
「ふふ。待ちきれないようだから、食べようか」
先に調理道具を洗っていた雅臣もテーブルに着き、揃って手を合わせた。
「頂きます」
声も揃えて、フォークを手に取る。
トマトとクリームが混じり合った橙のソースがパスタと蟹のほぐし身を絡め取り、口に頬張ると蟹の程よい塩気とクリームのほの甘さが広がる。アルデンテに茹でられた太めのパスタは歯応えが良く、食べ進める手が止まらない。
「良かった、気に入ったようだね」
雅臣の言葉に頷くと、小羽は咀嚼中の物を飲み込んでから水を一口飲み、ふうと息を吐いた。
「お父さんの作るご飯はどれも好きだけど、今日のパスタは特に好き」
「小羽はトマト料理が好きだからね。蟹は滅多に手に入らないから同じものはなかなか作れないと思うけど、クリームパスタならまた作ってあげようか」
「うん、ありがとう。次が楽しみ」
食事を終えると、小羽は雅臣と並んで洗い物を手伝った。小羽の身長には少し高い流し台の前に小さな踏み台を置いて、雅臣が洗った物を布巾で拭っては水切り棚へとかけていく。
一通り家事を終えた二人は、並んでリビングのソファに腰掛けた。
「小羽、お芝居は楽しいかい?」
「うん、とっても。お父さんや家族の皆と作る舞台が大好きだもの」
「そうか……」
雅臣の複雑そうな横顔を見上げ、小羽は小さく「でも」と続ける。
「私はお父さんと一緒なら、どこでだってやっていけるから……無理しないでね」
「……ありがとう、小羽」
孤児であることを負い目にせずに真っ直ぐ育ってくれたことが喜ばしい一方、家や劇団のことで気を遣わせてしまっている現状に、雅臣は胸が痛んだ。劇団の寮としている家も劇場の一部である以上、取り潰しと同時に出て行かなければならない。
なにも心配はいらないと自信を持って言えない自分が情けなく、雅臣は健気な小羽を撫で、ただ曖昧に微笑むことしか出来なかった。




