魔法を解いて
「さ、着替えの続きをしましょう」
「うん」
シンデレラのウィッグを取り軽くブローをしてから、黒髪のウィッグを被る。水色のカラコンを外して、黒いものに変える。そうして紗夜と同じ黒髪黒目の姿になると、小羽は漸く人心地ついた表情になった。
「紗夜ちゃん、いつもありがとう」
「どういたしまして」
背後から抱きしめて、小羽の白い頬にキスをする。擽ったそうに受け入れる小羽の髪を撫でて、紗夜は体を起こした。
「今日は家に帰るわね」
「うん。気をつけてね、紗夜ちゃん」
「ありがとう。また明日、ね」
楽屋前で別れ、紗夜は正面玄関へ。小羽は裏手の団員寮へ、それぞれ向かう。
寮と言ってもその作りはよくあるアパート型ではなく一軒家に近い形で、いまは団長と小羽しか住んでいない。
「ただいま戻りました」
「お帰り、小羽」
玄関を開けて中に入ると、エプロン姿の団長が出迎えた。ピンク色の生地で、胸元に雪ウサギのワンポイントが描かれたそれは、小羽が父の日にプレゼントしたものだ。
「ほら、家に着いたならもう私たちは団員と団長ではないだろう」
「あ……うん、そうだね、お父さん」
はにかみながら頷く小羽の髪を撫でると、雅臣は小羽を奥へ迎え入れ、玄関の戸締まりをした。チェーンロックをかけたことをしっかり確かめてから、小羽に続いてリビングに入る。
「何だかいい匂い。お父さん、今日のお夕飯はなに?」
「昨日、お客さんから差し入れで蟹のほぐし身を頂いただろう? それを使ってトマトクリームのパスタにしてみたよ」
「わぁ……! レストランのお料理みたい」
「はは、上手く行っているといいんだけどね。さ、まだ完成には時間がかかるから、先にお風呂に行っておいで」
雅臣に頷くと、小羽は鞄を自室に置き、代わりに着替えとタオルを持って浴室に入った。
指導中は厳しい雅臣も、演劇を離れれば父の顔になる。孤児である小羽のことを我が子のように可愛がっており、その溺愛ぶりは団員のあいだどころか常連のあいだでも有名になっている。
家事全般は雅臣が担っていて、どうしても忙しいときだけ小羽が行う。独身暦と年齢が同じだと自虐ネタにするだけあり、炊事洗濯買い出しと、主婦業で出来ないことはない。
小羽も出来る限り力になりたいと日頃から思っているのだが、雅臣に「小羽の役割は、まず無事大人になって私を安心させることだよ」と言われており、いまは将来のための練習程度しかさせてもらえない。
それが申し訳なくもあり、同時に心から愛されていると実感出来て、うれしくもあるのだった。