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白雪姫と美女と野獣の王子様  作者: 宵宮祀花
終幕◆祝福のアンサンブル
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白雪姫は美女と王子に愛される

 純白を纏った娘を前に、雅臣は早くも涙が止まらなくなっていた。

 いつかこの日が来ると覚悟していて、共に準備もしてきた。抵抗があるのではない。彼に不満があるはずもない。しかし人は、喜びに胸が満たされても泣くものなのだ。

 花冠とマリアベールの組み合わせは、面影に幼さの残る小羽に良く似合っている。


「団長さん、いまからそんなに泣いてはエスコートのときに前が見えなくなってしまうわ」


 鼻を赤くして泣き続ける雅臣を横目に、紗夜はしあわせそうに目尻を緩めた。涙で変色した紺のハンカチで目元を拭いながら「わかっているよ」と答えるものの、体は正直なまま。

 紗夜は雅臣の涙を止めることは諦めて、小羽の前にしゃがんだ。


「とても綺麗よ。……ずっと、このときを夢見ていたわ」


 うっとりと目を細めて囁く紗夜の声は甘く、ともすれば小羽以上に幸福感に満ちている。桜色に染めた指先をそっと握り、手の甲を優しく撫でる。まるで完成した人形の出来を確かめるような、やわらかな手つきで。


「間もなくお時間です」


 式場のまとめをする女性が、控え室に声をかける。

 紗夜が立ち上がったその後ろで、雅臣はどうにか気合いで涙を止めていた。


「それじゃあ、またあとでね」

「うん……ありがとう、紗夜ちゃん」


 ウェディングドレス姿の小羽は、瞳の緋色以外は全て真っ白で。雪のようでもあり、いつぞやの花籠のようでもあった。手にしたブーケはまさしくあのときと同じアレンジで、百合の花を中心に白い花だけで纏められている。


「さあ、行こうか」

「うん」


 扉の前に立ち、小さく息を吸う。

 両開きの扉が開かれると、小羽は真っ直ぐに伸びたヴァージンロードを雅臣と共に進んだ。

 会場を埋める身廊には、それぞれ劇団の仲間と景雪の親族が左右に分かれて着いている。

 意外にも朔晦一族は厳格なだけではなく、孤児育ちの小羽と景雪の仲を反対しなかった。それが過去に結婚相手の家柄のみを重視して失敗したことがあるためだと知っているのは、一族の人間と紗夜だけだ。

 ともあれ思いの外すんなり祝福された新婦は、いま父の手により新郎の元へ届けられた。


「お父さん、ありがとう」


 目尻に涙を滲ませた小羽が言うと、雅臣はまた涙腺が決壊しそうになるのをぐっと堪えて頷き、景雪を見据えた。景雪はなにを着ても様になるとは思っていたが、これまで見たどの衣装より彼の清廉な立ち姿が映えている。


「小羽をよろしく頼むよ」

「はい」


 小さく、簡潔に言葉を交わし、雅臣は用意された席へと下がる。

 二人は牧師へと向き直り、シンと空気が引き締まったところで誓いの言葉が唱えられた。


「新郎朔晦景雪、あなたは小鳥遊小羽を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「新婦小鳥遊小羽、あなたは朔晦景雪を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 迷いなく、淀みなく、二人は誓いの言葉に応えた。

 ただのお約束ではない、心からの言葉で以て互いを想う。老齢の牧師は目尻の皺を深めて頷き、刻まれた年輪を感じさせる渋くやわらかな声で指輪の交換をと続けた。

 リングボーイを務めたのは、朔晦財閥側の子供だった。小羽が挨拶に伺った際、緊張する小羽に誰よりも早く心を開いて懐いた明るい子だ。

 造花で飾られた子供用のオープンカーで指輪を運ぶと、誇らしげに胸を張って指輪を差し出し、そしてにこりと笑った。

 小羽の細く白い指に指輪が通され、景雪の長く繊細な指にも指輪が通る。同じデザインで大きさ違いのプラチナリングが左手の薬指に輝くと、誓いの口づけのときがきた。


「小羽さん……緊張、していますね」

「はい……」


 舞台ではこんなに緊張しないのに、と恥ずかしそうに俯く小羽の肩に手を添え、名前を呼ぶ。

 顔を上げた小羽の頬を包み、そして、小さな唇にふわりと口づけをした。


「っ……!」


 そこから先は、暫くのあいだ殆ど記憶になかった。

 ゆで上がりそうな心地になっている隙に抱え上げられ、ライスシャワーが降り注ぐ中を進んで、そして、地面に降ろされたところで漸く我に返った。周りから様々声をかけられていたような気はするものの、その内容までは記憶できなかったのだ。


「小羽さん、ブーケを」


 景雪に頷き後ろを向くと、小羽は純白のブーケを女性客が集まっているほうへと放った。直後、わあっと歓声が上がって、幾許もなくパサリと乾いた音がした。

 振り向いてみれば、赤と黒のドレスを身に纏った紗夜が、珍しくぽかんとした顔で佇んでいた。


「紗夜ちゃん」

「え……わ、私でいいのかしら……」


 小羽が頷くと、周りから再び歓声が上がった。

 まるで既に結婚が決まったかのような「おめでとう」の声まで聞こえ始めて、紗夜はくしゃりと破顔した。


 ―――わたしにとっての白雪姫は、紗夜ちゃんだから。


 何故かそんな言葉が頭を過ぎった紗夜は、堪らず二人の元へと駆け寄って、新郎新婦を巻き込む形で抱きしめた。


「本当におめでとう……誰よりも綺麗よ」


 背後から湧き上がる拍手を受けながら、紗夜は涙声で言った。

 やがて誰からともなく歌声があがり、重唱が小羽たちを包んだ。その歌は白雪姫の舞台のために音楽経験のある団員を中心に作製したオリジナルの祝歌だった。

 幾重にも重なる祝福の歌声の中、白雪姫は涙を一つ零して、そして晴れやかに笑った。

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