冬枯れの中の花
成人式の会場をあとにした景雪たちは、約束通り公園を訪ねていた。
帯刀を運転席に残し、小羽と景雪は連れ立って冬枯れの小道を歩く。
「あれから、随分と景色が変わりましたね。小羽さんと紅葉通りを歩いたのが、ついこのあいだのことのようです」
「そうですね……あっという間でした」
傷の記憶を乗り越えて、初めて二人で紅葉の中を歩いた日を思う。
優しい人の心に触れ、長年疼き続けていた痛みが癒えた、あの日。小羽の転機は、いつも公園で起こっていた。
「あ……いまは山茶花が見頃みたいですよ」
思い出したように小羽が言うと、景雪のやわらかな視線が降り注ぐ。
「行ってみましょうか」
小羽が頷くと、景雪は小羽の肩を抱き、優しくエスコートした。
落葉も大半が風雨に流され、芝生も枯れていて公園はすっかり物寂しい風景となっている。だがそんな中にも、強く咲く花はある。二人は山茶花の生け垣が並ぶ場所まで来た。
「わたし、こっちのほうは初めて来ました」
「私もです。この辺りは遊具がたくさんあるようですね」
景雪の言葉につられて辺りを見回せば、童心に還れそうな遊具がたくさん並んでいる。滑り台やブランコ、穴があいたかまくら型のドームや、ジャングルジムなど。アスレチックより対象年齢が低めの場所らしく、バネで揺れる動物の乗り物も端のほうに並んでいるのが見えた。
「……お借りした着物じゃなかったら、遊んでみたかったです」
「ふふ。また来ましょう。成人したって、何度でも付き合いますよ」
「景雪さん……ありがとうございます」
山茶花の垣根の他にも、よく見れば様々な花が咲いている。
此処には冬に見頃を迎えるものを配置しているらしく、立派な枝振りの梅や椿、沈丁花が真冬の凍てついた空気に色を添えていた。
「冬の花も、良い香りのものが多いですね。沈丁花をこんなに間近で見たのは初めてです」
「ええ、私もです。これほど近くで草花を見る機会はありませんでした。小羽さんと出逢ってから初めての連続で、とても楽しいですよ」
「ふふ。ありがとうございます」
好きな人が同じ思いでいてくれている。大きく年の差があっても、初めてを共に体験することが出来る。それがうれしくて、小羽は思わず笑みを零した。
生垣だけでなく、花壇にも花は咲いている。煉瓦には霜が降りているにも拘わらず、彩りが一切霞むことなく咲き誇っている。花壇に添えられたプレートによれば、金色の花は福寿草で、様々な色が寄り添い合って咲いているのはアネモネであるらしい。
ポインセチアは十二月に見頃を迎えるよう植えたらしく、花は殆ど落ちていたが、あの印象深い緋色の葉は未だ健在だった。
ふと、景雪のポケットに入っている端末が震えた。
「……時間、ですね」
「はい……」
取り出した端末の画面には、帯刀の名が表示されていた。
通話を選択して二、三言話すと、景雪は小羽の手を取った。
「戻りましょうか。今度は私服で来て、童心に返ってみるのも楽しそうですね」
「はい、ぜひ」
寂しげに沈んでいた表情を、未来の約束で上書きし、笑みを浮かべる。
小羽は景雪がくれる、隙のない気遣いが好きだった。そして叶うなら、自分ももっと成長して、同じだけのしあわせを与えられたらと思う。
「今日は本当にありがとうございました。この節目の日を景雪さんと迎えられて、とてもしあわせです」
「此方こそ。次は……いよいよですね」
「はい」
はにかむ小羽の頬を撫で、顎を掬って口づけを降らせる。
寒さとは別の理由で色づいた頬を見て満足げに頷くと、景雪は名残惜しさを押して手を離した。
「では、また」
「はい。今日はありがとうございました」
一礼し、去って行く広い背中を見送ると、小羽は両頬を手のひらで包んではにかんだ。
「お父さん、ただいま!」
次は、いよいよ。
その甘やかな響きを反芻しながら、大好きな父の元へと駆けていった。




