雲の上の世界で
「どういうこと?」
「彼女、もうすぐいなくなると思うの」
妙に確信した様子で言う紗夜に、着替えを終えても帰宅せずにいた団員たちが訊ねた。隣では、小羽も驚いた様子で鏡の中の紗夜を見つめている。
「さっき、あなたたちも言っていたでしょう。SNSで彼女がしていること。焦りは大きな失敗を呼ぶものよ」
「そのうち、隠れて援交する以上のなにかをやらかすかもってこと?」
「そんなところね。報告する案件が重なれば、一つ一つは小さくても大きな事件になることだってあるわ。実際、前までは団長の目があるところでは多少なりともいい子ぶっていたけれど、最近はお構いなしになってきているでしょう?」
「言われてみれば……」
紗夜になにが見えているのかわからないなりに、団員たちは、彼女の言葉が持つ異様な説得力に圧倒されて納得してしまった。
現に梨々香は、直接小羽を攻撃することが増えてきた。
紗夜の言う通り、今日のように団長がいる前で小羽に当たることも平気でやるようになってきている。小羽が被害に遭わないまでも、大道具や備品に当たり散らす可能性もあるのだ。
「それに……」
「それに?」
紗夜はオウム返しで訊ねた団員に、自分のスマートフォンを取り出して、ある画像を見せた。
「あ……えっ? この人、さっきの……」
「えっ、嘘! 見せて見せて!」
紗夜の持つスマートフォン画面に映っていたのは、紗夜の肩を抱いて微笑む、朔晦景雪だった。手にはシャンパンを持ち、映画のセットと見紛うほど豪奢なホールをバックに、シャンデリアにも優美な装飾にも劣らぬ見目を惜しげもなく披露している。着飾った男女が背後に映り込んでいて、一般庶民である団員たちにも此処がとんでもない別世界だと一目でわかる光景だ。
そんな風景の中、紗夜と景雪はとても慣れた様子で映っている。
「なにを思って劇団に来たのかは知らないけれど、彼に下手な媚び売りは通じないわ」
「あ、じゃあさっきの白々しい嘘も、もしかして……」
「わかってて言ったでしょうね」
可笑しそうに微笑って言うと、紗夜は鞄にスマートフォンをしまった。そして小羽を振り返り、ウィッグ越しに小さな頭を撫でる。
「劇団も、彼女のことも、きっといい方向に行くわ。そんな気がするの」
鏡に映る団員たちの、呆気にとられた顔を見て、紗夜は淑やかに笑う。
「そろそろ皆も帰ったほうが良いのではなくて?」
「あっ、そうだ、今日はあたしがごはん当番だった」
「弟妹がいると大変だね。じゃあ、私も帰るね」
「ええ、ご機嫌よう」
小羽も振り返り、団員たちに一礼する。
バタバタと楽屋を出て行く足音が遠ざかるのを聞くともなしに聞いて、そっと息を吐いた。