目覚めは王子様のキスで
温かな眠りの終わり際。やわらかなものが唇に触れたような気がした。
「…………ん……」
微睡みから浮上し、ふわりと降り立った先は見慣れない天井だった。ぼうっとする思考のまま、視線を巡らせる。と、至近距離で自分を見つめている景雪の顔があり、心臓が跳ねた。
「……っ! い……いつから、見ていたんですか……?」
「いつからだったでしょう……魅入っていたので、時間を忘れてしまいました」
一気に顔の熱が上がるのを感じながら小羽が訊ねると、景雪は小羽の頭を抱き寄せて額にキスをした。そのまま景雪の胸に小さな頭がすり寄るのを見、あやすように優しく撫でる。
「口づけで目を覚ますなんて、さすがは私の白雪姫ですね」
「え……さっきのは、夢じゃ……」
「夢だとしたら、私も同じ夢を見ていたことになります。……ああ、それもいいですね」
にこやかに、晴れやかにそう言われ、小羽は最早顔が熱いどころでは済まなくなっていた。顔を隠すように景雪の胸板に埋め、小さく唸る。
大きな手のひらに撫でられながら、景雪の穏やかな心音を聞いていると、昨晩の出来事は夢ではなかったのだと改めて実感する。エンゲージリングは再びケースに収められ、いまは枕元で二人を見守っている。
「改めて、おはようございます、小羽さん。よく眠れたようでなによりです」
「う……ぇと、おはよう、ございます……景雪さんは、ちゃんと眠れましたか……? ずっと腕枕してくれていたんですよね……?」
いまも頭の下に景雪の腕の感触がある。上から背中に回されたもう一方の腕も、小羽をしっかりとらえている。
一晩中このままでいたならとっくに痺れていそうなものなのに、景雪は平然と「ご心配なく」と言って、問題ないことを示すかのように、更に強く抱きしめてきた。
「小羽さんは、あのときもいまも変わらず、小さくて可愛らしいですから」
「……わ、わたしだって、少しは身長伸びたんですよ……?」
百八十を超える景雪からすれば、それより三十センチほど低い小羽など変わらず小さいままかも知れないとはいえ、中学一年のときよりは成長したと信じたいし、主張したい。そういうところもまだまだ子供なのだと言われてしまいそうだけれど。
案の定、景雪はクスリと笑って小羽の頭を撫でた。
「ふふ。これは失礼。ですが、可愛らしいことは訂正しませんので」
「……はい……」
どうあっても景雪には勝てないのだと、事あるごとに思い知らされる。
昨晩もそうだ。シャワーを浴びて、プリンセスのドレスからホテルの部屋着に着替えたときも、ぶかぶかで袖丈が余っていた小羽に対して、景雪はとても様になっていた。
ベッドまで姫抱きにして運ばれ、ふわりと降ろされたその隣に景雪が横たわった瞬間は、心臓が高鳴るあまりに弾けてしまうかと思ったほどだった。
小羽の白い陶器の肌が真っ赤に熟れているのを、景雪が優しい眼差しで見つめていたのをいまもはっきりと覚えている。そして、そのまましなやかな腕に抱かれて眠ったのだった。
きっと寝入る瞬間も見られていて、起きる瞬間も見守られていた。恥ずかしくて仕方ないのと、自分も一度くらいは景雪の寝顔を見てみたかったと思う気持ちが鬩ぎ合う。それを言ってしまえば景雪に見つめられていたことを恥ずかしいと言えなくなってしまうのに。
「……わたしもいつか、景雪さんの寝顔を見られるようになるのでしょうか……」
胸元に埋めていた顔をそろりと上げながら問うと、景雪は淡く微笑って頷いた。
「ええ。二年後には婚約者から夫婦になっているわけですし……そうなればずっとこうして一緒に眠るのですから、いつかは機会もあるでしょう」
「っ……は、ぃ……」
未だに恋人や夫婦といった単語一つで赤くなる小羽を、景雪が愛おしげに撫でる。いまはまだ、小さな体に灯る恋を育てていく段階だ。
小さい硝子の靴にも劣る僅かな手がかりだけを頼りに、国中の娘の中からたった一人の白雪姫を探し出さなければならなかった頃とは違う。いま愛しい人は、確かに腕の中にいるのだから。




