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白雪姫と美女と野獣の王子様  作者: 宵宮祀花
七幕◆相愛のセレナーデ
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傷の記憶と縁の糸

 料理を一通り堪能し終え、小羽の前にデザートが運ばれてきた頃。景雪は一足先に注文していたワインを傾けていた。艶やかな緋色の液体が形の良い唇の奥へと吸い込まれていく様は古い映画を見ているようで。

 思わず見つめていると、景雪が照れ笑いを浮かべて「穴が開いてしまいそうです」とはにかんで言った。


「あ……ご、ごめんなさい、不躾に……」

「いえ。恋しい相手に見つめられるのは悪い気がしませんよ。少々気恥ずかしいですが」


 景雪の目元が僅かに赤く染まっているのはワインのせいか、それとも照れが滲んでいるのか。

 無遠慮な視線を送ることはやめても、どうしても目と意識は彼のほうへとは行ってしまう。


「……素敵なところですね」


 恥ずかしさを誤魔化そうと、小羽は窓の外へ視線を一度逃がし、素直な想いを口にした。


「気に入って頂けてなによりです。此処は東京国際歌劇場に近いホテルなので、小羽さんをお連れしたかったのです」

「国際歌劇場……」


 演劇の世界に身を置く者なら、一度は夢に見る場所だ。小羽が所属している劇団が借りている、あの劇場をもっと本格的且つ大規模にした、主にオペラやミュージカルを演じるための劇場。あの舞台で歌えば声は鐘のように響き、客席からの拍手も万雷が如くだという。


「わたしは映像でしか見たことがないですけど、あんなに大きな舞台で演じられたら気持ちがいいだろうなって思います」

「そうですね……経営者として、公演の下見のために一度だけ舞台上に立ったことがありますが、演者として立てたら最高の気分でしょうね」

「経営者として……ですか?」


 景雪も劇団を所有していたのだろうかと思っていると、景雪の口から思わぬ言葉が零れ出た。


「ええ。国際歌劇場は、朔晦財閥が所有している劇場ですので」


 目を丸くして固まっている小羽に、景雪は淡く微笑んで「驚かせてしまいましたね」と囁いた。


「曾祖父の時代に建てられているので、星湖座の劇場と同い年くらいなんです。それもあって多少無理を言ってでも、私は其方の劇団と劇場を守りたかったのです」

「そう、だったんですね……」


 あまりに次元の違う話が出てきて、小羽はそれだけ言うので精一杯だった。

 劇場の作りや雰囲気を好んでくれていることは、雪男との会話で知っていた。だがそれ以上に、先祖から維持してきた大劇場との縁を感じていてくれたことに、驚きと喜びを隠せない。


「元々演劇が好きで、小羽さんの演技も、初めて見たときから虜になっていたんですよ」

「えっと……初めてって、最終公演前の練習ですか?」

「いえ」


 景雪は少し迷ってから、真っ直ぐに小羽を見据えて口を開いた。


「……小羽さんが、中央公園でひとり練習をしていたときです」

「……っ!」


 目を見開き固まった小羽を見、景雪は申し訳なさそうに眉を下げた。

 公園で練習をしていたのは、中学に上がったばかりの、あの事件が起きるまでのことだ。北口の駐車場付近は遊具もなく人があまりいないため、其処で練習するのが習慣だった。

 あの日、クラスメイトに突き飛ばされて命を落としかけたとき。助けてくれたのが景雪だということは知っていたけれど、偶然通りかかったのではなく、練習していたときから見られていたとは思いもよらず、小羽は言葉を失った。


「声をかける勇気もなく、遠くから眺めていることしか出来なかったあの頃……小羽さんが怪我を負ったとき、私は初めて車を飛び出してあなたの傍に行きました。あなたにとっては深い傷でしかないあの出来事は、私にとっては転機の一つだったのです」


 あの日、あのとき。自分が怪我をしなければ。

 もしかしたら運命の王子様なんて現れなくて、学校や練習場でいじめを受けながら、下を向いて生きていたかも知れない。けれど小羽はやはり、あの出来事をプラスに捉えることは出来なくて、景雪を真っ直ぐ見つめることが出来なくなってしまった。


「すみません。言うべきではなかったかも知れませんね」

「いえ……その、そんなに前から、知られていたなんて思わなくて……」

「初めてお見かけしたのは、本当に偶然でした。ですがどこのお姫様かはわからなかったですし、陰で調べるような真似もしたくなかったんです。私は、変なところで臆病なので……月見里さんがいなければ、こうして再び出逢えていたかどうか」


 此処で紗夜の名前が出てきたことには、小羽は然程驚かなかった。彼女は小学校時代から小羽のためと言っては陰日向で様々なことをしていたから。


「紗夜ちゃんは、やっぱり最初から知っていたんですね」

「ええ。調べるまでもなく、看護師たちの話から私に結びついたと言っていました」


 伏せていた瞼を上げ、景雪をちらりと見る。

 相変わらず済まなそうな翳りのある表情をしていて、小羽はチクリと胸が痛んだ。


「紗夜ちゃんは、いつもわたしに魔法をかけてくれるんです。王子様と出会えるように、舞踏会の舞台に立てるように……きっかけが何であっても、わたしは景雪さんと出会えてしあわせです」


 そう言って微笑むと、景雪は一瞬目を瞠ってから、くしゃりと破顔した。

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