ふたりきりの晩餐会
頭の先からつま先まで見事に整えられた頃には、外はすっかり陽が落ちていた。まるで舞踏会へ赴くシンデレラのように変身した姿を美容室の鏡で見たとき、小羽は喜びと驚きとで心臓が弾けてしまいそうな心地になった。
「……以前、紗夜ちゃんに景雪さんとのツーショットを見せてもらったことがあるんです」
「おや。そうでしたか」
車で移動中、小羽は気を落ち着かせるためにぽつぽつと話し始めた。
「映画のセットみたいなホールで、綺麗なドレスを着た紗夜ちゃんと景雪さんは、本物の王子様とお姫様みたいで、凄く絵になってて……そのとき改めて、紗夜ちゃんは凄い世界で生きてるんだなって思ったんです」
景雪は前を向いて運転しながら、小羽の言葉に耳を傾ける。静かなエンジン音は囁くような声を僅かも妨げず、二人を目的地へと運んでいく。
「紗夜ちゃんはわたしの目標なんです。強くて優しくて綺麗で、芯がしっかりしてて……格好だけ近付けても、すぐに届くとは思えないんですけど、でも……」
上等なコートとドレス、舞台の小道具とは違って本物の宝石を使ったアクセサリーを身につけ、服装だけならあの日に見た紗夜と遜色ない状態になっている。そんな自分を見下ろしながら、淡く微笑んで。
「……舞台の外でも、普段と違う格好をするだけで、何だか違う自分になれたような気がします。ずっと朧気だった目標が形になったような……景雪さんの魔法のお陰です」
初めてドレスを買いに店を訪れたときのおどおどした様子とは一変して、小羽は凛とした表情でそう言った。
やがて目的地に差し掛かり、所定の場所に駐めると待機していたドアマンが扉を開けた。景雪はベルボーイに鍵を預けると、自ら着飾った小羽を見下ろして、頬を撫でた。
「運転中に可愛らしいことを言われると、抱きしめられないのがつらいですね……」
小羽は根っからの役者なのだと、話を聞いていて改めて思った。
決して本心を偽らず、裏表すらない純白でありながら、自らを核として世界を彩る。その世界に惚れ込んだ身として、いまこうして小羽を着飾り、誰よりも傍にいられることがどれほど喜ばしいことか。
このまま抱きしめてしまいたいところだが、間もなく予約の時間になる。景雪はふわりと小羽の額にキスをして手を差し伸べた。
「小羽さんは天性の女優ですね。今日の私は一人二役といったところでしょうか。……魔法使いの出番は此処までです。此処からはあなたの王子としてエスコートさせてください」
「はい」
腕を組み、ドアマンの手により恭しく開かれたドアをくぐる。エレベーターに乗って最上階まで行くと、其処は展望レストランだった。
「お待ちしておりました」
控えていた従業員が両開きの扉を開き、中で待機していた別の従業員が一礼して迎える。そして男女の従業員がそれぞれ景雪と小羽の側まで来ると、コートとマフラーを預かった。
案内に従って店の奥へと進む。仄暗い店内には調理をするカウンターと、ゆっくりアルコールを楽しむソファ席、控えめな電飾に照らされたグランドピアノやバーカウンターがある。景雪たちは一番奥のテーブル席に通された。
白いクロスが掛かったテーブルに、背もたれの装飾が美しいゆったりとした椅子。窓には夜景が一面に映り、ビル街の中でも高い位置にあるためか、星空も僅かに見える。
食前酒とドリンクが届き、それぞれグラスを手にすると、景雪のシンプルな乾杯の声と共に淡い黄金色の炭酸が輝くグラスを掲げた。
やがて料理が運ばれてきて、テーブルが華やかになる。前菜から既に芸術作品のような一皿で、小羽は思わず見入ってしまった。
「どうぞ。お口に合えば良いのですが……」
「頂きます……」
不慣れなカトラリーを使って、一口。緊張しすぎて味がわからないのではと思っていたが、口に入れた瞬間その懸念は吹き飛んだ。
「……美味しいです」
思わずといった様子で零れた言葉に、景雪は満足そうな笑みを返した。




