服を贈るということ
「……あまり、可愛らしいことを言わないでください。抑えが効かなくなってしまいます」
「わ……わたし、なにか言いましたか……?」
本当に自覚していない様子の小羽に、景雪は困ったように笑って、今度は触れるだけの口づけをした。
「いえ。私が小羽さんを愛しすぎて、些細なことでも愛おしく思ってしまうだけです」
「っ……! え、と……わたしも……同じです……」
発火しそうなほど赤い顔でやっとそれだけ言うと、小羽はマフラーに顔を埋めて隠れた。そんな小動物めいた仕草に笑みを深め、最後に髪をそっと撫でると景雪は乗り出していた体を戻した。
「さて、今日は東京まで車で行きますので、気分が悪くなったら仰ってくださいね」
「はい」
シートベルトを締め、ギアを入れ替えてゆっくりと発進する。景雪の丁寧な運転は余分な重力がかからず、安心して身を任せることが出来そうだ。
「景雪さん、今日はどこへ行くんですか?」
大きな通りに出たところで、小羽は気になっていたことを訊ねた。景雪と両想いになってからもお互いに忙しく、雪男の状態でした公園デートが最初で最後になっていた。忙しい合間もチャットツールでの会話や通話はしていたが、こうして出かけられるのは約四ヶ月ぶりとなる。
小羽の問いに、景雪は前を向いたまま口元に笑みを乗せた。
「そうですね、そろそろお伝えしましょうか。まず小羽さんにドレスを一式贈りたいのです」
「え……ど、ドレスですか……?」
意外な答えに目を丸くしている小羽に、景雪は浅く頷いて続ける。
「今日のディナーに予約したレストランはドレスコードがあるところなので、折角ですから一緒に選びたいと思いまして」
「そんな凄いところ、わたし、場違いじゃないですか……?」
「とんでもない。あなたは私のプリンセスですから。私の知るどのような場でも、あなたを超えるヒロインは存在しないと断言しますよ」
甘く艶のある声で褒め殺され、小羽は消え入りそうな細い声で「ありがとうございます……」と呟くだけで精一杯だった。照れて俯く横顔を視界の端に捕えた景雪は、満足げに笑みを深め、車を走らせる。
やがて街並みが目に見えて都会らしくなってくると、小羽は興味深そうに窓の外を見た。灰色のビル群が競うように天へと伸びる様は壮観で、思わず見入ってしまう。
「小羽さんは、東京へはあまり来ないのですか?」
「はい……雪男さんとのデートのためのお洋服を選ぶとき、紗夜ちゃんに連れてきてもらったのが最初で最後でした。電車に乗ったのも、そのときが初めてで……」
「そうでしたか。では、次は電車で出かけてみるのもよさそうですね」
「はい、ぜひ」
声を弾ませて答えたところで、車が減速した。駐車場に駐めると、景雪が外から回って助手席の扉を開ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます。……あの、これ……」
暖房の効いていた車内から外に出ると、寒さが一層身に染みる。小羽はマフラーに手をかけると景雪を見上げ、返そうとした。だが景雪はそれを制し、ふわりと微笑んで肩を抱いた。
「そのまま、つけていてください」
「でも……」
「大丈夫ですよ。目的の店はすぐ其処ですから。それに……」
指先で小羽の頬を擽り、にこりと笑う。
「私のものを身につけている小羽さんがとても愛らしいので、もう暫く眺めていたいのです」
臆面もなくさらりと言われ、小羽は一気に火がついたような顔になった。景雪は、まさしくその反応が見たかったとでも書かれていそうな表情で小羽を見下ろし、色づいた頬に口づけをすると、やんわり肩を抱いたまま歩き出した。
寒さを感じたのは外に出た一瞬だけで、いまはもう冬風の冷たさを感じる暇もないほど、熱くて仕方なかった。




