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白雪姫と美女と野獣の王子様  作者: 宵宮祀花
七幕◆相愛のセレナーデ
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灯る恋熱

「……おや、小羽さん」


 その場でぼうっとしていると、小羽に気付いた景雪がやわらかな笑みを浮かべて近寄ってきた。其処で漸くハッとして我に返った小羽は、慌ててお辞儀をしてから景雪を見上げた。


「お疲れさまです。今日はありがとうございました」

「いえ。少しでもお力になれたなら幸いです」


 そう答えた景雪は微笑を湛えていたのに、ふと表情に影が差した。そして心底申し訳なさそうな顔で小羽を見下ろし、目を伏せる。


「小羽さん、先ほどはすみませんでした。すぐにお助けすることが出来ず……」

「えっ、そんな……気にしないでください。景雪さんだって、お見送りをしていたんですから」

「ですが、不逞の輩に絡まれているあいだ、小羽さんは不安だったでしょう」

「それは……でも、隣に紗夜ちゃんもいましたから……」


 そう小羽が言うと、景雪の眉が一層切なげに寄せられた。


「私も、小羽さんを守りたいのです。あなたに降りかかる災難を、この手で全て取り除きたい……月見里さんほどの安心感はなく、頼りないかも知れませんが……」

「っ、そんなことないです……!」


 静かに落とされた呟きに、小羽は思わず景雪の懐に飛び込み、小さい体でぎゅっと抱きついた。

 そろりと背中に添えられた景雪の手は、とても大きいのに迷子のように所在なげで儚い。小羽は懐から景雪を見上げ、必死に訴える。


「いつだって景雪さんはわたしを支えてくださいました。わたしにとっては、ただ傍にいるだけで安心出来る人です。ですから、そんな寂しいことを言わないでください……」

「小羽さん……」


 視線が絡み合い、距離が縮まる。やがて互いを隔てるものはなにもなくなり、零になる。小羽の小さな唇を景雪の唇が啄み、熱い舌が優しく暴いていく。力強い腕に抱き止められ、小羽は両手で広い背中にしがみ付くことしか出来なかった。


「っ、はぁ……」


 甘い口づけから解放されたときには、小羽の視界は涙に濡れていた。熱が体を支配して、呼吸もままならない。くらくらする頭でどうにか息を整えようと試みるも、逞しい腕に抱かれていては、無駄な抵抗に終わるばかりだった。


「どうも、いけませんね……私はあなたのことになると、余裕をなくしてしまうようです」


 熱っぽく掠れた声が耳殻を擽る。ゾクゾクと背筋が震えるのを感じ、小羽は景雪の胸に埋もれて火照った顔を隠した。


「……本音は、このまま攫ってしまいたいのですが、今日のところはお父様の元へお返しします」


 顔を上げれば、景雪は小羽が思う以上に切なげな表情をしていて。喉元まで出かかった「攫ってほしい」という言葉を飲み込んだ。

 小羽の頬に、景雪の手のひらが触れる。目を閉じてすり寄ると愛おしむような口づけがされて、離れがたい気持ちが唇から伝わって仕舞う気がした。


「ただ、小羽さんにお渡ししたいものがありますので、今度の休日を一日預けて頂けませんか? 良ければ、久しぶりにデートしましょう」

「はい……楽しみにしていますね」


 これで終わりではないのだからと言い聞かせて微笑み、最後にもう一度口づけを交わす。小羽を送り届けに劇場の裏に回って家の前まで来ると、景雪は「では、また」と言って帰っていった。

 その背が見えなくなっても顔の火照りが収まらず、小羽は暫く家に入れなかった。

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