ある意味一番ぶれない人
楽屋に入った小羽と紗夜を、着替えを粗方済ませていた団員たちが気遣わしげな表情で迎えた。
「小羽ちゃん、大丈夫? 怪我してない?」
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません……」
「小羽ちゃんが謝ることじゃないよ」
小羽が先輩団員たちに並んでドレッサーの前に座ると、紗夜がメイク落としを手に傍についた。
基本的にメイクは自分で、着付けは互いに手伝ってすることになっているが、小羽はまだ化粧のオンオフが自力で出来ないため、紗夜が担当している。
「アイツ、月見里さんに取り入るのを失敗したからって、小羽ちゃんを目の敵にしてるんだよね」
「私に?」
小羽のメイクを落としながら、紗夜が鏡越しに団員を見た。団員は少し気まずそうにしながらも頷いて、月見里さんを責めるわけじゃないんだけどね、と前置いて話し始めた。
「アイツが入ったばっかの頃、ずっと月見里さんについて回ろうとしてたんだけど……もしかして気付いてなかった?」
「ええ。私は小羽ちゃんの傍にいたから、彼女のことはあまり……」
紗夜が率直に、言外に「眼中になかった」と言うと、団員たちは苦笑して心にもなく可哀想にと憐れんだ。
「ほら、アイツお金好きじゃん? 玉の輿狙ってるとか養ってくれるパパ募集中とか、いまもまだ懲りずにSNSでやってんの」
「いままで釣れてたおっさんが若い子に流れちゃったから、苛立ってるんじゃない?」
「月見里さんのことも必死に持ち上げて、打ち上げとかで奢ってもらおうとしてたしね」
「そういえば……練習のあと、やけに色々な場所に誘われていた気がするわ。私は門限があるから全部断っていたのだけれど」
言われて漸く思い出した様子で、紗夜が呟く。
記憶にあるのは、練習後に付き纏って、先ほど訪れた美貌の客人に対するような声で打ち上げに誘う梨々香の姿。周りの団員が紗夜には門限があるから無理だと言っても聞かず、寧ろ団員たちが紗夜の金を独り占めしようとしているとさえ思っている風だった。
断られ続けるうち、梨々香も苛立ち始めて「成人しても門限とかあり得ない」「こんな弱小貧乏劇団なんか、本心では見下してるんでしょ」「お嬢様だからって調子に乗ってる」と愚痴っていたことも思い出した。
その頃から、紗夜が可愛がっている小羽にも明確に当たり散らすようになったのだった。元から小羽にシンデレラの役を奪われたことを逆恨みしている節はあったが、先のように物理的な接触をするまでになったのは、紗夜が小羽しか見ていないと理解してからだ。
「断られまくって手のひら返したときも、月見里さんは相手にしてなかったよね」
「そうね。こんな言い方はどうかと思うのだけど、あんなふうに媚びを売られるのも、期待通りに動かなくて陰口に変わるのも、私は慣れていたから」
「いいとこのお嬢さんも、やっぱりそれはそれで苦労するのねえ……」
年かさの女性団員が、頬に手を添えてしみじみと呟く。
「小羽ちゃんがストーカー被害に遭ってたときも、モテ自慢とかズレたこと言ってたっけ」
「アイツがいるだけで空気が悪くなるのに、追い出せないのしんどいよね……」
溜息交じりに零す団員を横目に、紗夜は「心配ないわ」と断言した。その表情はあまりに堂々としていて、此処が楽屋ではなく本番のために整えられた舞台上だと誤認しそうなほどだった。