女子高生は強い
「どうぞ、二度といらっしゃらないで頂戴」
小羽の肩を抱き、割って入った艶のある低音に、男性二人は眉を顰めた。
「オバサンは呼んでないんだよなぁ」
「お前さあ、空気読めないって言われない? もう若くないんだから張り切んなよ」
へらへらと笑いながら低俗な罵倒をする男たちに、紗夜は軽蔑の眼差しを隠しもせずに「随分と自己紹介がお上手なのね」と言った。
「勘違いしているようだから教えてあげるわ。此処はキャバクラでも何でもないの。あなたたちを接待しなければならない理由はないのよ。下心のためだけに来るなら、来なくて結構だわ」
「何だとババア……!」
一触即発の空気になった対岸で、女子高生四人組を相手にしていた景雪が小さく「女性を何だと思っているんでしょうね」と呟いた。そのときだった。
「おじさーん、折角の舞台が台無しになるから帰ってくんなーい?」
「年下にババア呼ばわりとかウケるんですけど。むしろお前は何なんだって話」
「ファンサでアフター注文するとか、お店間違ってない?」
「てかただ乗り客にアフターってキャバ嬢でもお断り案件じゃん。無理すぎ」
制服姿の女子高生四人に代わる代わる言いたい放題言われた二人組は、盛大に舌打ちして逃げるように去って行った。その背に舌を出したり中指を立てたりしていた四人組は、小羽に向き直ると良く通る声で「大丈夫ー?」と声をかけた。
「はい。あの……助けて頂いて、ありがとうございました」
「いいってことー」
「クソ客相手に頭下げる必要ないし、あーゆうのは出禁でいいっしょ」
「つーか今日は再開記念で無料だから客ですらないっていうね」
「それな」
四人組は小羽に手を振り、景雪にまた来ますと明るく言うと、元気に去って行った。
全ての客を見送り終えると、小羽はそっと息を吐いた。廊下で見送っていた他の団員は、互いに労いの言葉を掛け合いながら、颯汰宛ての差し入れを担いで楽屋へと引き返していく。揃いの小人衣装を纏った集団が米や野菜を担いで行くその様子は、笠地蔵のラストシーンにある、老夫婦へのお礼の品を運ぶ地蔵行列のようだ。
小羽たちも一先ず楽屋へ戻り、着替えを済ませることにした。
「ふぅ……」
衣装を解いて化粧も落とすと、漸く肩の力が抜けた。ヒロイン役は普段滅多に着ないドレス姿でいることが多く、物によっては二着分の仕込みをしていることもあり、無意識のうちに全身に力が入ってしまう。
「それにしても凄かったわねえ」
やや遅れて、男性用の楽屋へ差し入れを運ぶのを手伝ってきた体格の良い女性団員が嘆息しつつ楽屋に入ってきた。
「颯汰がお年寄りにモテるのは知ってたけど、朔晦さんは別格だわ」
「あっちの楽屋、すごいことになってたもんね……アイドルかなんかの楽屋みたい」
「月見里さんにはお花が多いのね。こうしてみるとファン層に違いがあって面白いわ」
なにより興味深いのは、女性は気合いの入った差し入れを持ってきているのに対し、男性は殆どなにも持たずに演劇だけを見に来ているということ。中には小羽を誘った男たちのような、自分が見に来ていることそのものに価値があると主張する者もいた。
メイクを落としている小羽の後ろを、団員たちが「お先に」と声をかけて帰っていく。手を振り見送ると、小羽は隣の紗夜を見た。
「……さっきはありがとう、紗夜ちゃん。わたし、また助けてもらっちゃった……」
紗夜のように毅然と断ることが出来ていたらと落ち込む小羽を抱きしめ、紗夜はやわらかな髪にキスをした。
「いいのよ。約束だもの。あなたのためなら何だってするわ」
いつものように撫で回され、やわらかくとかされていく。
最後に頬へキスをすると、紗夜は鞄を肩にかけて立ち上がった。
「私は先に帰るわね。最近は劇団に集中していたから、お父様が拗ねているの」
「そっか……紗夜ちゃんのお父さんにも、今度ちゃんとお礼をしないと」
「小羽が遊びに来てくれたらお父様も喜ぶわ。近いうち、夕食に招待するわね」
「うん。じゃあ、またね」
紗夜を見送ってから、小羽も帰宅の準備を進めた。荷物を纏めて楽屋の電気を消し、戸締まりをする。ホールに出ると、景雪が天井を見上げて佇んでいた。
彼の上にスポットライトが当たっているかのように光を帯びて見え、小羽は立ち尽くしたまま、暫く声をかけることが出来なかった。




