二人の王子様
―――三ヶ月後。
改装した劇場での、初めての舞台。演目は、最終公演になるはずだった白雪姫だ。すっかり完治した颯汰も加わり、皆で新しく綺麗になった舞台で三ヶ月ぶりの演技を披露した。
劇団星湖座再開初日の舞台は大盛況に終わり、団員たちは無事再開出来たことへのお礼として、観客を見送るべく廊下から正面ホールにかけて華道を作る形で並んでいた。
今回の観客は保育園の招待ではなく、駅前でビラ配りをして集めた、老若男女問わずの人々だ。その中には常連もいればビラを見て興味を持って見に来てくれた人もいる。若い女性が多いのは、ビラ配りの場に景雪がいたからだろうな、と団員の誰もが思っており、そしてその予想が当たっていることを、いままさに目の当たりにしているのだった。
(景雪さんも颯汰くんもすごいな……紗夜ちゃんも固定のファンがいるみたい)
小羽は颯汰や紗夜、そして景雪と共にホールにいるのだが、景雪の前に人だかりが出来ている。差し入れと称した贈り物は妙に気合いが入っており、景雪の背後には一時的に頂き物を置いておく棚まで設置されたほどだ。
「王子様、素敵でした! これ、良かったら……」
「あの、あたしも差し入れです!」
「マチソワダブルキャスト、完走しました! 絶対見なきゃって友達と話してて……見に来られて良かったです!」
景雪に群がる女性が言う通り、今回は昼の部と夕方の部で王子の役を変更して行っていた。
というのも、以前シンデレラを見た保育士たちの雑談が園児を通して母親へと広がり、星湖座に新たな王子様が現れたと話題になってしまったのだ。そのことを知った颯汰が「ダブルキャストに挑戦してみるか?」と言ったところ団員が乗り気になり、景雪も承諾したため、初回の話題作りも兼ねて決行。それが無事大当たりしたというわけだった。
「皆さん、ありがとうございます。今後ともどうぞご贔屓に」
「絶対また見に来ますっ!」
きゃあきゃあとはしゃぎながら去って行く女性客を見送り、新たな集団へと向き直る。さながら芸能人の握手会会場の様相に、他の団員は呆気にとられるばかりだった。
一方颯汰はというと、何故かおばちゃんに囲まれる性質があり、親戚の子か孫を構うかのように可愛がられていた。景雪の背後にあるものはキラキラした包装の贈り物であるのに対し、颯汰には野菜や果物、果ては米までもが積み重ねられていて、実家に帰省した帰りの荷物めいている。
この差は何なのだろうと思う傍ら、しかし「颯汰ちゃん、颯汰ちゃん」と構われるのは悪い気がしない。劇団を家族のように思っているのもあり、第二の故郷に帰ってきたような感覚になれて、自然と笑顔が零れた。
「颯汰ちゃん、これうちで採れた野菜だから。皆で食べて!」
「いつもありがとう。おばちゃんとこの野菜美味しいから、皆も喜ぶよ」
「ああもう、相変わらずいい男だねえ。あたしが二十年若かったらアタックしてたところだわあ」
「いやだよあんた、二十年じゃ足りないでしょうよ」
「あっはっは!」
豪快に笑いながら、マダムの群が去って行く。
見事に客層の異なる集団に囲まれている二人の対岸で、紗夜は小さいお客さんに畏怖の眼差しを向けられていた。役柄が役柄なだけあって近寄りがたいらしく、遠巻きに怖ず怖ずと声をかけては親と選んだ花を差し出し、ビクビクしながら顔を見上げては思いの外やわらかい笑顔にときめいて親の陰に隠れる。という一連の流れを、数え切れないほど繰り返している。
紗夜も紗夜でファン層がある程度固定されていて、特にシンデレラの演目のあとは園児や小学生たちの人気の的となっていた。
そして小羽はというと、他に比べて年上の男性ファンが多く見られるようだ。二十代から五十代くらいまで、年齢に幅のある男性が小羽に声をかけては握手を求めてくる。
粗方客が捌けたというのに、何故か未だ小羽の前に三十代前半ほどの男性が二人留まっている。彼らはどうも、このあとアフターで飲みに行かないかと誘っているようだ。
「いいじゃん。見に来てやったんだからさあ。役者ならファンサービスも大事だよ?」
「そんなんじゃ、俺たち二度と見に来なくなっちゃうよ? それでもいいの?」
そんな話をしている隣で子供を相手していた紗夜が、全員見送り終わった。最後の一組を笑顔で送り出し、振り向いた紗夜の顔は氷河の如き絶対零度の鋭さを湛えていて。周囲で他の客の相手をしていて止めに入るに入れなかった団員たちが、一様に憐れみを帯びた顔になった。




