熟れた林檎のような
ホールの様子を見ると、美味しい酒と料理の力で団員たちはいつにも増して陽気になっていた。これからもこの劇団が続いていくことへの安堵も手伝って、団長も酒が進んでいるようだ。
「……良かった。お父さん、最近ずっと忙しそうで、悩んでいるみたいだったから……わたしには疲れてる顔を見せないようにしていたから、わたしはいつも通りにするしかなくて……」
少し、寂しかった。そう呟く小羽の肩を抱き寄せ、景雪はそっと囁く。
「小羽さんの気持ちは、きっとお父様に届いていますよ。それでも、あなたに背負わせたくないと思う気持ちもわかります」
「景雪さんも、そうなんですか……?」
小羽の問いに景雪が頷く。
背負わせたくないという想いが、深い愛情から来るものだということは、小羽にも理解出来る。父はずっと優しかった。元気でいてくれればいい。しあわせでいてくれればいい。それしか小羽に望むことはなかった。けれど。
「父と娘なら仕方ないこともあると思います。でもわたしは……景雪さんとは、苦労も分け合っていきたいです。まだ成人もしていない身で出来ることは少ないですけれど、それでも……」
相手は複数の会社を所有している社長で、自分は未成年の役者見習い。支え合いたいなどと口で言うのは容易くとも、実際に出来ることはそう多くはない。単に子供が生意気を言っただけにしかならないだろうと、自分でもわかっている。
それでも小羽は、好きな人には寄りかかるのではなく少しでも支え合う形でありたかった。
「小羽さんは、いまでも十分に私の支えになっていますよ」
景雪のその言葉に、小羽は僅かに寂しそうな顔になった。それを見て、景雪は困ったように眉を下げて笑み、言葉を探しながら続ける。
「はぐらかしているように聞こえたなら謝ります。ですが、これは紛れもなく私の本心です」
小羽の紅い瞳が揺れ、景雪の顔を真っ直ぐに見上げる。
「あなたという存在が、私に寄り添ってくださっている。この事実がどれほど心強いか……どんな言葉を尽くしても、きっと私の想いは語りきれないでしょうね」
「わたしは……わたしが、本当に景雪さんの支えになれているんですか……?」
「ええ。ですが……そうですね。小羽さんとは夫婦になるわけですから、様々なものを分け合っていけたらと私も思います」
「っ!」
夫婦という明確な単語に、小羽の頬が発火したかのように色づいた。その急激な変化にくすりと笑うと、景雪は稚さの残る丸い頬を撫でた。
「その前に小羽さんには、私と恋仲であることに慣れて頂く必要がありそうですね」
「恋……」
ゆで上がりそうになりながら景雪を見つめていた小羽だったが、ふと視線を感じて横を見ると、団員たちの視線が集まっていることに気付いて、照れで脳が沸騰しそうになった。上からくすくす笑う声も降ってきて、益々自分だけが恥ずかしいのだと思い知る。
「もう……っ、笑わないでください」
「すみません。小羽さんがあまりに可愛らしいので」
景雪の言葉に、団員たちから歓声が上がる。
終始賑やかに、和やかに打ち上げは進み、駅前で解散してからもその余韻は暫く続いた。




