前へ進むために
団長が待つ正面ホールに出ると、先に着替えを終えていたらしい景雪が団長と話していた。
「小羽……その姿は……」
素顔で現れた小羽を一目見るや団長が駆け寄ってきて、小羽の白い頬を手のひらで包んだ。
小羽は自分の頬を包む団長の手に自らの手を添え、心配そうな顔を見上げて微笑む。
「わたし、これからは劇団の皆のこと、ちゃんと信じていくことにしたの。怖がってばかりじゃ、なにも変わらないから」
小羽のやわらかな笑みに、団長はぐっと息を詰まらせた。危うく人前で泣くところだった。まだ子供だとばかり思っていた小羽が、少しずつ自分の足で前進している。そう実感する度に、涙腺が決壊しそうになる。
「……そうか。小羽も少しずつ成長しているんだね」
そう零したとき、雅臣の表情は団長から父親のものに変わった。
雅臣は景雪に向き直ると、小羽の肩を抱きながら真っ直ぐに彼を見つめて言った。
「小羽は私の大事な娘です。実の子ではありませんが、そのつもりで育ててきました。ですから、どうか大事にしてやってください」
お願いします。そう言い頭を下げる雅臣に、景雪は「此方こそ」と応える。
「出逢って間もないですが、小羽さんは私にとってなくてはならない存在です。誰よりも大切に、しあわせにします」
雅臣と景雪の言葉に、小羽は耐えきれず紗夜に縋り付いて涙を流した。紗夜は慈愛を湛えた目で小羽を見下ろし、啜り泣きに震える細い肩を撫でる。そんな小羽を見守る団員たちの顔も優しく、ホールは温かな空気に包まれている。
「小羽、あまり泣くとほっぺたが赤くなってしまうわ」
紗夜の言葉に顔を上げた小羽の頬は、案の定涙の痕でほの赤く染まっていた。指先で頬を拭うと愛おしげに微笑む。
「さあ、今日はゆっくりなさい。緊張もしたでしょう」
「うん……ありがとう、紗夜ちゃん」
紗夜にそっと肩を押し出され、小羽は雅臣の傍へと歩み寄る。そして、景雪に向かってお辞儀をすると、高い位置にある顔を見上げた。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ。小羽さんと、この劇場のためですから。では、私はこれで……」
去って行く景雪の後ろ姿を見送った団員の誰かが、ぽつりと「本当に王子様みたいな人だね」と零した。
潰えようとしていた劇団を救い、上演中止の危機を救った人は、過去に小羽の命をも救っていた人だった。
「打ち上げは皆の希望もあって、颯汰の退院を待つことになったから、次に集まるときは来月末になりそうだな。劇団としては一区切りつくが、これからもよろしく頼む」
「はい!」
最後にもう一度だけ団長の顔に戻ると皆に向き直り、一言。
息の合った応答が、ホールに響き渡った。




