瘡蓋に触れる
一通り、此処数日で劇団の裏で起こっていたことを説明し終えた景雪と紗夜は、一先ず衣装から着替えるべく楽屋に下がった。団長は、そのあいだ情報を整理して落ち着いていると言い、劇場の正面ホールへと向かう。
楽屋に入ると、小羽はドレッサーの前に置いてあるコンタクトケースを手に取った。中には黒のカラーコンタクトが入っており、その隣には黒髪のウィッグもかけてある。
楽屋は個室ではなく、共有スペースだ。人がいない頃合いを見計らって着替えることは難しく、小羽がアルビノであることは団員全員が知っている。ただそのことにいままで触れなかったのは、小羽が隠したがっていたからだ。
団員たちもその理由を何となく察していたし、先の梨々香の態度ではっきりと理解した。容姿のことで、苦労をしてきたのだろう。怯えて人目を避けることが身に染みついてしまうほどに。
「あのさ、小羽ちゃん。まだ怖いなら、カラコンもウィッグもつけてていいんだけど……私たちは少なくとも、小羽ちゃんの見た目でどうこう言ったり避けたりはしないからね」
一足先にメイクを落としてすっぴんになった四十代女性の団員が、ケア用品をつけながらそっと声をかけた。
「……私もさ、思春期くらいから怖くて人前で素顔晒せなくなったりしたんだよね。アホな男子にデブス山って四股名つけられて、太ってるってだけで学校では人権がないようなもんだったわ」
「え……」
横目で小羽を見、からりと笑う。
女性団員は顔のパーツが小さめでふっくらとした体格をしており、母親役やパン屋の女将など、貫禄のある女性を演じることが多い役者だ。普段の堂々とした演技や、年少者の面倒を見る快活な姿からは想像もつかない話に、小羽は目を瞠って鏡越しに見つめてしまった。
「小羽ちゃんの苦労と比べるもんじゃないだろうけど、誰も多かれ少なかれ、なにかしら抱えてるものはあるもんさ」
「まあね。私も中一くらいから胸がデカくてさぁ。女子からは僻まれるし、男子には遊んでるってレッテル貼られるし、痴漢にはやたら遭うしで、人間不信になるところだったわ」
そう苦笑して言うのは、二十代半ばの女性団員だ。本人が言う通り豊満な胸を持っていて、よく肩が重いとぼやいていたのを小羽も覚えている。下着だけでなく、無難なデザインの服も専門店でしか買えないため、自分好みのタイトな服は劇団にいるときだけの楽しみなのだという。
「他の人も悩んでるからって自分の悩みが消えるわけじゃないけどさ、独りじゃないっていうのはちょっとだけ心強かったりしないかい?」
「先輩……ありがとうございます」
彼女たちは小羽のために、自らの傷を晒してくれた。触れるだけでも痛むだろう傷を。
「私は、小羽ちゃんの素顔も好きだよ。そりゃ、初めて見たときは見慣れないから驚いたけど……それだけだからね」
「さっきの王子様、白雪姫だなんて上手いこと言うじゃないか」
言われて思い出した小羽は、頬に紅を散らしてはにかんだ。
皆の言葉に勇気をもらった小羽は、まずコンタクトケースの蓋を開けることなく鞄にしまうと、ウィッグも丁寧に袋に詰め直した。鏡に映っているのは、紛れもなく白髪に白い肌、紅い瞳をした自分の姿だ。
「まだ少し怖いけど……でも、少しずつ、慣れていきます」
「そうだね、それがいい。あんたはなにも悪いことなんかしちゃいないんだ」
「もしなにか嫌なこと言われたら、私たちが味方だって思い出して」
「はい」
目尻に涙を浮かべて頷く小羽の髪を、優しい紗夜の手が撫でる。思わずすり寄ると、団員たちも微笑ましいものを見る目で二人を見つめた。




