白雪姫と王子様
梨々香から目を逸らし、小羽に向き直ると、景雪は起きたことを処理仕切れていない様子でいる小羽の小さな手を取り、唇を寄せた。
「小羽さん。あなたは私がどんな姿で現れようと、変わらない態度で接してくださいました。それどころか私の苦悩に心を砕いてくださり、私に寄り添ってもくれましたね」
「それ、は……」
その言葉で、雪男とのデート中に聞いた、彼の話を思い出す。
雪男はずっと、外見で苦労してきた。見た目の良し悪しで人は態度を変える。なにを言っても、外見が良くなければ聞いてももらえず、逆に見た目が良いことを勝手に鼻にかけていると言われることもあった。どちらにしても苦労が多く、つらい思いをしてきたと零してくれた。
「わ、わたしも、同じだから……」
「そうよ! 騙されないでっ!」
俯いて呟く小羽をキッと睨み付け、梨々香は破裂したように叫んだ。
「この女は化物で詐欺師なの! 見て!!」
「きゃ……!」
手を伸ばすとシンデレラのウィッグをネットごとむしり取り、舞台に叩きつけた。長い白髪が、ばさりと広がって背中に流れる。
「この女はずっと、朔晦さんのこと騙してたのよ! こんなに醜いのに、それを隠してたの!! この嘘つき女に騙されないで! 目を覚まして!」
梨々香はまるで悲劇のヒロインにでもなったかのような口ぶりで、小羽を罵倒した。思わぬ形で暴露された小羽は俯いて震えながら、小さく「ごめんなさい……」と呟いた。
「月見里さん、あれを」
「ええ、持ってきているわ。……小羽」
顔を上げると、紗夜がコンタクトケースを差し出しているのが見えた。それだけで彼女が自分になにを求めているのか理解した小羽は、此処まで来たらもうなにもかも打ち明けるしかないと腹をくくり、小さく頷いてシンデレラのカラーコンタクトを外した。
団員たちの前でも見せたことのない紅い瞳が露わになり、雪兎のような姿になる。
「ほら! 見て! この嘘つき女の醜い顔を見てよ! 梨々香はこんな嘘ついたりしないもん! 朔晦さんだって、梨々香のほうがいいってわかってくれるでしょ!?」
勝ち誇ったような梨々香に、景雪は「ええ、よく見えますよ」と目を細めて言うと、小羽の頬を優しく包んで仰のかせた。紅い瞳から涙が零れ、景雪の手を濡らしていく。
「白雪姫。白い花と赤いリボンが良く似合う人……ずっと、お会いしたかったです」
「本当に……あなた、が……あのとき、助けてくれた、王子様……?」
「ええ、その通りです。あのときは名乗りもせずに失礼しました」
景雪は小羽の前に跪くと小さな手を取り、小羽を見上げた。
「あなたこそが、私がずっと探していたプリンセスです。どうか、私と結婚してください」
そして、劇中の王子が口にした台詞を、今度は景雪として小羽に向けて告げた。
小羽の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「……っ、はい……喜んで……」
安堵と幸福に満たされた表情で、景雪が小羽を抱きしめる。
固唾を呑んで見守っていた団員たちから祝福の拍手が湧き起こる中、梨々香は顔を真っ赤にしてひとり舞台を駆け去った。




