王子様の正体
緞帳が下りた舞台の上で、小羽は王子の腕の中で依然固まったままでいた。
「あの……」
「詳しいお話はカーテンコールのあとで致しましょう」
「……は、はい……」
その言葉で漸く我に返った小羽は、再び上がっていく幕を見上げて、景雪と手を繋いで観客席に向き合った。王様や家来、継母や姉たちと並んで一礼し、笑顔で手を振る。
そして再び華やかな音楽と共に幕が下り、終幕のアナウンスがかかると、漸く一息吐いた。他の団員と共に意識を切り替えて役柄から素の自分に戻ると、景雪は小羽に頭を下げた。
「小羽さん。まずはあなたを騙していたこと、お詫び致します」
「え、と……どういうこと、ですか……?」
「雪男と私は同一人物です」
「え……!?」
驚き目を瞠る小羽を、景雪は申し訳なさそうな顔で見つめる。周りの団員たちも同様に驚いて、一部は、穏やかに微笑みながら見守っている紗夜に目をやる者もいる。その目には「もしかして、最初から知っていたの?」とわかりやすく書かれている。
と其処へ、騒々しい足音が近付いてきて、甲高い声が割り込んだ。景雪は小羽の傍に寄り添い、足音がしたほうを見据える。
「朔晦さぁん、梨々香に会いに来てくれたんですねぇ!」
周りの団員が小声で「うわ」と呟いたのも構わず、梨々香は景雪の元へ真っ直ぐ近付いて小羽を突き飛ばそうとする。だが、それを見越していた景雪が小羽を抱き寄せた。
勢い余って膝をついた梨々香を冷ややかな目で見下ろしながら、景雪は静かに口を開く。
「あなたに用はありません」
何の感情も窺い知れない、ひどく冷え切った声だった。先ほど小羽に語りかけていた、穏やかで甘い声とは別人かと思うほどに。それを正面から受けた梨々香は、愕然として言葉を失っていた。
「あなたの劇団星湖座での振る舞い、全て聞かせてもらっていました。そして私自身も、あなたの醜い行いをこの目で見てきました」
「え……? そんなっ……梨々香はなにも……その子がなにか、梨々香の悪口言ったんでしょ? だって梨々香、なにもしてないもん……」
「確か、私のような不細工に王子は務まらない、でしたか」
この期に及んで言い逃れしようとする梨々香に、景雪はいつぞや駅前で梨々香たちに接していたときのような、良く通る甘い声で言った。
「ああ、そういえば、金しかいいところのない不細工とも言われましたね」
その言葉は、小羽のデート帰りを待ち伏せして囲んだとき、小羽に対してぶつけた言葉だ。あのあと景雪が現れて悪口はすぐやめたはずだが、いつから聞いていたのだろうか。聞いていたとしていつから聞いていたのか。
なによりあれは雪男に対してであって、景雪に向けたものではなかったはずだ。
「でもでも、あれはあの不細工に言ったことでぇ、朔晦さんにそんなこと、言うわけないじゃないですかぁ……」
「その金しか取り柄のない不細工が、私ですよ」
「え……でもっ、あのとき梨々香に会いに来てくれたんでしょ!? 知ってる人がいたからって、来てくれたじゃないですかぁ」
「ええ。小羽さんがあなたに怪我をさせられていたので、助けに入ったのですよ。ですから、あのときもいまも、あなたに用はありません」
そう穏やかに言い切られ、今度こそ梨々香はこの世の全てを失ったような青白い顔で、その場に座り込んだ。




