運命の再会
王子の元に残された、片割れだけの小さな硝子の靴。
あの夢のような夜を過ごしたシンデレラに関する手がかりは、たったそれだけだ。
舞踏会の翌日、また国中にお触れが出された。舞踏会の夜に出逢った、この硝子の靴に合う足の持ち主である娘を探している。娘たちはこぞって靴を履こうとし、穿けないとわかると落胆する。
そうして最後に訪れたのは、シンデレラの家だ。家来たちも、どうせだめだろうといった諦めの表情で形式通りのお触れを玄関先で読み上げる。
「お前たち、靴を履くだけで王子の嫁になれるんだ。なにがなんでも履くんだよ」
「ええ、お母様」
意気込む継母と義姉たちだが、上の姉は爪先がキツく、下の姉は踵が入らない。家来がこの家にもう娘はいないのかと言うと、継母は「娘はこの二人だけですわ」と白々しく告げる。
「お義母様、お客様ですか……?」
其処へ、奥から雑用を終えたシンデレラが顔を出した。洗濯を終えたばかりなため、ボロを着て腕まくりをしてスカートの裾を濡らした格好というみすぼらしい娘に、家来たちは眉を顰める。
「なんだ、いるではないか」
「あれはただの召使いですわ」
「だが、王子の命で国中の娘に履かせることになっている。メイドも同様だ」
王子の命令と言われては、継母も引き下がるほかなかった。逆らえば玉の輿どころか、国を追放されてしまうかも知れないのだから。
「どうぞ」
久方ぶりに椅子に腰掛け、足元に跪く男性に靴を履かせてもらう。と、硝子の靴はシンデレラの足にぴったりと合った。
「おお! では、あなたがあのときの!」
そう言って家来たちが色めき立ち、傍らで見守っていた王子へと視線を送る。継母は驚愕に目を見開き、義姉たちは悔しげに歯噛みする。
家来たちが脇に避けて頭を下げるそのあいだを、王子はゆっくりと近付いていった。
「そんな、なにかの間違いですわ!」
「こんなみすぼらしい娘が、お城のパーティになど行けるはずがありません!」
義姉たちの抗議の声にも耳を貸さず、王子はシンデレラの前に恭しく跪いた。
「あなたこそが、私がずっと探していたプリンセスです。どうか、私と結婚してください」
ずっとという単語に引っかかりを覚えたが、王子にとっては一晩でも長く感じたという彼なりの想いを台詞にしたのだろうと思い直し、淑やかに頷く。
「……はい、喜んで」
シンデレラが答えると王子は立ち上がり、細い体を抱きしめた。
こんな演技は台本にない。目を丸くして固まっているシンデレラ―――小羽の耳に、王子の囁く声が掠めた。
「本当に探しましたよ、白雪姫」
「っ……!?」
客席どころか舞台上にいる他の誰にも聞こえない、ごく小さな声だった。だが、その声は小羽の心に、強く大きく響いた。他の音が、一瞬聞こえなくなってしまうほどに。
遠くで、ナレーションの声がする。
―――こうしてシンデレラはお城に招かれ、二人はいつまでもしあわせに暮らしました。
そんな、お伽噺には良くある最後の文言だ。
大きな拍手の波に包まれながら、小羽は幕が下りるそのときまで、王子の腕の中にいた。




