最高の魔法を
シンデレラは魔法使いの登場に顔を上げるが、すぐに恥ずかしそうに俯いてしまう。なにせいま着ている服は、みすぼらしいボロの服だ。こんな格好でお城に行けば、笑いものになってしまう。
「……でも、わたしはドレスも馬車もないの。こんな姿じゃ、王子様には会えないわ」
「大丈夫よ。さあ、シンデレラに特別なドレスをあげましょう」
シンデレラが立ち上がり、魔法使いが杖を振る。くるりと一回転するとぼろきれを継ぎ合わせたような粗末な服が、一瞬でドレスに変化した。
わあっと歓声が上がり、ほんの数秒前まで泣いていた子の表情が、きらきらと輝く。毎年園児に付き添って見ているはずの保育士たちも、この瞬間は子供に返ったような顔で見入っている。
「ありがとう、魔法使いさん」
「お礼を言うのはまだ早いわ、シンデレラ。この靴を履いて行きなさい」
シンデレラは硝子の靴を履くと、頬を紅潮させて魔法使いを見つめ、改めてお礼を言った。
カボチャの馬車に乗り込み、お城へと向かうシンデレラ。その背に、魔法使いの忠告が届く。
「十二時の鐘が鳴ったら魔法が解けるから、きっとそれまでには帰るんですよ」
「約束するわ。本当にありがとう」
カボチャの馬車と共に、舞台の下手袖へと消えて行く。ガラガラと車輪の音が遠ざかっていくとライトが引き絞られ、直後、瞬間的にパッと明るくなる。背景はお城のダンスホールに変わって、シーンは街からお城へ移る。
此処までは、練習通り。
此処からは、颯汰とは何度も繰り返してきたシーンだが、雪男とは合わせる時間がなかったためぶっつけ本番というギャンブルを打つことになる。
お城での舞踏会。着飾った淑女たちが右から左、左から右へと行き交い、そして、それがはけたところへシンデレラが到着する。
「ここが舞踏会……皆とっても素敵な人ばかりだわ」
不安そうに辺りを見回していると、舞台上手にスポットライトが当たった。その瞬間、客席からドレスに変化したときに並ぶほどの大きな歓声が上がった。子供の声だけでなく、保育士のものと思われる大人の声も紛れて聞こえた。
「なんという美しい方……一曲踊って頂けませんか」
右手を差し出して言うその人は、見間違いようもなく朔晦景雪、その人だった。
雪男が来るとばかり思っていた小羽は、一瞬演技を忘れてぽかんとしてしまった。袖にいた他の演者たちも驚きに思わず固まってしまい、そして客席最後部にいた梨々香も目を見開いて絶句している。
「美しいレディ、どうしました?」
「……! ごめんなさい。お城に来るのは初めてで……」
「そうでしたか。では、私があなたの不安と緊張を忘れさせてあげましょう。さあ、手を」
何とかアドリブで切り抜け、王子の手を取る。
その瞬間、舞台は二人だけの世界となった。うっとりと夢見心地な表情で、シンデレラは王子を見つめる。王子もまた、眩しいものを見る目でシンデレラを見つめ、時間を忘れて踊り続けた。
十二時の鐘が、二人を別つときまで。




