運命の幕開け
袖から見える観客席は満員で、子供たちは開演をいまかいまかと目を輝かせながら、待ち侘びてくれている。
開演前のこの時間は、何度経験しても緊張してしまう。いつもなら紗夜が傍にいて「大丈夫よ。いつも通りに演ればいいの」と囁いてくれるのだが、いま彼女は雪男の準備を手伝っている。
(緊張するなぁ……でも、わたしも紗夜ちゃんに頼ってばかりじゃなくて、自分一人でもちゃんと出来るところを見せないと)
深呼吸をして、舞台に立つ。
開演のベルが鳴ると、緞帳が静かに上がっていった。スピーカーからナレーターの声が聞こえ、いよいよ最終公演の幕が上がった。
演目はシンデレラ。誰もが知る童話を、演劇の台本に書き換えたものだ。
―――とある国に、シンデレラという娘がいました。
シンデレラは、父と母と共にしあわせに暮らしていましたが、あるとき母が病に倒れ、そのまま還らぬ人となってしまいました。
父に支えられ、泣き崩れるシンデレラ。
すると客席から、微かに啜り泣く声が漏れ始める。
それから暫くして、父が帰宅と共に、シンデレラに新しい家族が出来たことを伝える。継母と、二人の姉。父の前では愛想良くしていたが、この三人は若くて美しいシンデレラに嫉妬していた。やがて父も病気で死んでしまうと、その遺産を自分たちだけで好き放題使って暮らすようになる。
子供の頃は、継母と姉二人の意地悪にばかり注目していたが、年月が経って様々な言葉の意味がわかるようになると、大事な家を乗っ取られたような境遇もまた、凄惨なものだと思う。絵本には書かれていなくとも、両親との思い出の品や母に与えられたドレスやアクセサリーなども、恐らくこの境遇では無事ではないのだろうと想像してしまう。
「シンデレラ! なにグズグズしているんだい! 掃除が終わったら次は洗濯だよ!」
汚れ物を投げつけられると、観客席から小さな悲鳴が上がった。
「でもお義母様、桶が壊れて……」
「言い訳なんかするんじゃないよ! さっさとおし!」
壊れて板の一部が外れた洗濯用の桶に、無理矢理洗濯物を詰めて舞台袖へ駆けていく。その後ろ姿を眺めながら、意地悪な姉は聞こえよがしに囁く。
「本当、鈍くさい子。お母様もこんな役立たず、早く追い出してしまえばいいのに」
「いいじゃない、新しく召使いを雇うのも面倒だもの。あるものを使うほうが楽だわ」
「そういうことだよ。さ、アンタたち、邪魔者がいなくなったからお茶にしようじゃないか」
継母と義姉たちがライトに追われながらシンデレラとは逆の袖に消えたところで暗転。
舞台中央にスポットライトが当たり、お城の兵隊が背筋を伸ばした格好でお触れを読み上げる。間もなく、王子が花嫁を探すためのパーティを開くというものだ。
ボロ一つを身に纏い、召使いのように昼も夜もなく働き続けるシンデレラの耳にも、今夜お城で舞踏会が開かれるという話が飛び込んでくる。
「王子様のお目に留まれば、玉の輿だって夢じゃないわ」
「こうしちゃいられない。シンデレラ、ドレスを用意しなさい」
「下手なものを寄越したら承知しないよ!」
継母と義姉たちを着飾り、髪を結い、アクセサリーをつける。そうして着飾った継母たちが城へ馬車で向かうのを見送ると、シンデレラは一人静かに涙を流した。
客席で見守る子供たちも、特に女の子はすっかり涙ぐんでお伽噺の世界に浸っている。中には、保育士の胸に縋り付いて本格的に泣いてしまっている子までいた。
其処へ、コツリと靴の音がした。同時に、二つ目のスポットライトが舞台を照らす。
「可哀想なシンデレラ。あなたを舞踏会へ行かせてあげましょう」
魔法使いが、シンデレラの前に現れた。




