転がり落ちる先
誰にも相手にされなくなった梨々香は、苛立ちを隠しもせずに舞台袖を去ってホールに出ると、スマートフォンを手にグループチャット画面を開こうとした。だが、いつものグループチャットが開けない。よく見れば、梨々香といつもの三人で作ったグループ自体が削除されている。
個人チャットも送れなくなっていることから、梨々香のID自体もブロックされているようだ。電話番号や住所まで交換していない梨々香は、彼女たちへの連絡手段を失ってしまっていた。
「え……? なんでなんで? 意味わかんない……」
SNSを開くと、愚痴アカとして作っていたアカウントもブロックされていて、抑も彼女たちの愚痴アカウントも削除されていた。表のアカウントは白々しく残されており、三人が梨々香抜きで女子会を開いた旨を写真付きで投稿している。投稿にはパパ活卒業とあり、これからは援助交際に頼らず生きていくと添えられていた。
記事に並ぶコメントには「25で中古とか産廃じゃね?」「ていうか、ババアになって売れなくなったからだろ」「見栄張ってんじゃねーよブス」「キラキラ女子(笑)」といったわかりやすい中傷もあるが、中には三人を応援するものもある。
発端は、アパレル勤務の曽根心咲が偶然会社の先輩にパパ活アカウントを発見されたことだったらしい。其処で、四人で小羽にしたことも笑い話として投稿していたのだが、端から見てどれほど見苦しいかを真剣に説かれた。心咲が憧れる、格好いい自立した女性である先輩の、真摯な説得のお陰で目が覚めたのだという。
SNSに紐付けされている心咲のブログには、これまで若い子に嫉妬したり、営業成績の関係で焦ったりして褒められたものではない振る舞いをしてきたこと、先輩に諭されてそれらを反省し、一からやり直すつもりで心を入れ替えることが書かれていた。実際彼女のブログの過去記事には、後輩や同期に対する愚痴が記されており、中にはありもしない中傷も混ざっている。全て削除してやり直すことも考えたが、自分の行いがなかったことになるわけではないので、記事は固有名詞を消すだけにして残しておくことにしたらしい。
其処に、梨々香にしかわからない書き方で、梨々香を外した理由も書かれていた。
『誰かをいじめたり、ターゲットにしたりしないと繋がれない仲って、友達って言えないと思う。ぶっちゃけ私たちもいい年だし、中学生みたいな仲間外れで結束とかいい加減やってらんないし。あと、あの子にはちゃんと謝りたい。あの子はたぶん、顔も見たくないだろうけど』
此処に書かれているのは、恐らく小羽のことだろう。あのときは一緒になって馬鹿にして嗤っていたくせに、手のひらを返していい子ちゃんな文章を載せているのが忌々しかった。
「そんなの許さない……梨々香だけ仲間はずれにして、勝手にいい子ぶるなんて許せない……」
鬼の形相で、裏アカウントから彼女たちのアカウントに返信を投げつけていく。ブログのほうも名前を匿名にしたままで、出来るわけない、腐った根性がそんな簡単に直るわけがないと、長文で非難を書き連ねる。
その文面は嘗ての自分に向けられていた、男性と思しきアカウントからの下品な中傷と同様の、目に余るものばかりだった。ヤリマン、ブス、中古、便所女などのひどい言葉を並べ立て、どうせキモオヤジとのセックスしかやることないくせに、と捲し立てる。
「そういえば朔晦さん、最終公演来るって言ってたっけ。新しい劇団に移るって話したら祝福してくれるかも」
新しい劇団、しかもそこそこの大手に所属するようになれば、彼の目も向いてくるはず。なにせ駅で見かけただけで声をかけてきたのだ。十分脈ありなはず。
「あとで悔しがったって無駄だもん。梨々香は勝ち組なの。底辺OLなんかとは違うんだから……みんな、梨々香が羨ましいからってサイテー」
間もなく開演時間だ。正面ホールに保育園児の群が殺到して邪魔くさいことになる前に、景雪を見つけやすいよう、客席が見渡せる最後尾を確保すべく劇場に向かった。




