王子の代役
団員たちは、代案を出すことも出来なければ、反対する理由を出すことも出来ない。本当にもうどうしようもないことくらい、自分たちが一番よくわかっている。
あのとき代役が利かない颯汰に行かせなければ。抑も梨々香が余計なことをしなければと、今更後悔したところでなにも取り返しはつかないのだ。
団員たちは返す言葉も無く押し黙ると、諦めたように首を振った。
「その代わりと言ってはなんだけど、私が衣装とメイクを担当するわ。王子と魔法使いはどちらも出番が最後のほうだから、整える時間は十分あるわ」
「紗夜ちゃん、大丈夫……? わたし、また紗夜ちゃんに全部任せちゃう……」
心配そうに見上げる小羽の頬を包み、紗夜は額にキスをした。
「大丈夫よ。私はいつだって、最高の魔法をあなたに届けるんでしょう?」
「……! うん……っ」
その言葉は、以前に小羽が紗夜に向けて言った言葉だった。いままで、一度だって紗夜に任せて間違いだったことなんてなかった。それを誰よりも実感しているのは小羽だ。
小羽は雪男を振り向くと「お願いしても良いですか……?」と不安そうに尋ねた。雪男は鷹揚に頷き、団員たちへ向き直る。
「部外者の私が言うことではありませんが、皆さんは皆さんの演技をお願いします。誰より無念でいるのは、真砂さんご本人だと思いますので……」
雪男の言葉に、団員たちは顔を見合わせて頷いた。
不安や困惑、迷いが全て消えたわけではない。なにより団員たちは、紗夜を疑っているわけではないが、かといって小羽ほど紗夜を無邪気に信頼出来るわけでもない。それでも、なにもしないで諦めて、颯汰に最終公演を行うことが出来なかったと伝えるよりはマシではないか。
「……そう、ですね」
「そうだよ。私たちがなにもしないで台無しにするわけにはいかないんだよ、皆。最初から諦めて投げ出すよりは、やれることやってみたほうがいいんじゃない?」
「そうだな。頼れるものは何でも頼って、使えるものは全部使うぞ」
「ていうか桶どうする? 結局壊れてるの使う?」
抑も、壊れた桶の調達に走った帰りに、颯汰は事故に遭ったのだ。当然持っていた桶は颯汰よりひどい有様になって、事故現場に転がっていたらしい。
「ここまできたら、壊れた桶で洗濯させられてるっていうのも、逆にありじゃない?」
「そうだね……継母たちの意地悪にリアリティが出たと思えば」
「台詞にちょっとだけ変更が入るから、小羽ちゃんはそのシーンだけ軽く合わせてくれる?」
「はい、わかりました」
気分が立ち直り始めた団員の様子を、梨々香だけは面白くなさそうに見つめている。
だがどうせ代役は猫背でずんぐりとした不細工なのだ。成功するはずがないと思い直す。王子の登場と共に、子供たちから悲鳴が上がり、ブーイングが舞台に浴びせられることだろう。
「準備には第二休憩室を借りるわね。台詞を覚える時間も要るから、休憩室は悪いけど貸し切りにさせてもらうわ」
「わかった。月見里さん、お願いね」
「じゃあ、団長には俺が連絡入れておくよ」
「よろしく。日月さんも、急なことですが、よろしくお願いします」
「はい」
紗夜と雪男が連れ立って休憩室へ下がっていくと、団員たちもそれぞれの準備に奔走し始めた。




