舞台裏の攻防
翌朝。団員たちは落ち着かない様子で楽屋に詰めていた。
小羽も身支度を調えながらも心ここにあらずといった様子で、スマートフォンを見つめている。開いているのは、雪男とのチャット画面。思い切って、今日の公演が開幕できるかわからない旨を送信すると、すぐに返事が返ってきた。
『どうしました?』
『王子様役の人が怪我をしてしまって、代役がみつからないんです』
『そうですか……少々お待ちください。其方へ向かいます』
『わかりました。正面ホールでお待ちしていますね』
メッセージを送ると、小羽は少し外に出てきますと皆に伝え、楽屋を出た。
正面ホールで暫く待っていると雪男が現れ、小羽の元へ駆け寄ってきた。
「雪男さん……どうしましょう……」
本番は、午後二時から。
時間はあるように見えて、全く足りない。まず衣装は長身の颯汰に合わせて作られており、彼と並ぶ身長の若い男性団員がいない。団長が近いが、王子という年齢ではないため除外される。
いまから衣装を作る時間はなく、更に、王子の演技をしっかり覚えている役者もいない。弱小と嗤われて言い返せない程度には、元から人数が少ないのだ。
「小羽さん、落ち着いてください。皆さんはどうしていますか?」
「たぶん、そろそろ舞台裏に集まっている頃だと思います」
「……では、舞台裏に案内して頂けますか?」
「えっ、はい……」
言われるまま、関係者専用の扉を潜って舞台裏へと向かう。其処には団員が揃っていて、一斉に雪男に視線を集めた。
「事情は、小羽さんから大体聞きました」
「聞いたからなぁに? 余所者に出来ることなんてないんだから引っ込んでればぁ?」
潰れるところを見に来てみれば王子役の欠如とあって上機嫌だった梨々香が、愉しげに嗤う。
「その、代役が出来そうな人に心当たりがあります。もし間に合わなければ……私が責任を持って務めましょう」
「えぇっ!?」
「プッ、あっはははっ! なに言ってんのぉ? てゆーか身の程知らずって言葉知ってますぅ?」
驚く団員に、心の底から馬鹿にする梨々香。小羽もこれにはさすがに驚いたらしく隣で目を丸くしている。しかし紗夜だけは眉一つ動かさず、皆の様子を眺めている。
「何度か通し稽古を見させて頂いたお陰で、流れは把握していますし……」
「演劇って見てれば出来るものじゃないんですけどぉ。てゆーかぁ、アンタみたいな不細工が王子なんか出来るわけなくなぁい? あっ、でもでもぉ、びんぼー劇団の最後に素人不細工王子は逆にお似合いかもー! 皆ぁ、どう思うー?」
そう言って梨々香が周りの団員を見ると、団員たちも何とも言えない表情をしていた。
いっそ演目の婚約者を決める舞踏会のところを、怪我をした王子を慰めるパーティにでもして、ダンスシーンを大幅にカットしてしまおうかとあれこれ考えるが、抑も病院へ退院の許可を取りにいっている時間がない。
何とも言えない空気が流れる中、紗夜が「そうね」と口火を切った。
「他にどうすることも出来ないんだもの、彼に頼みましょうか」
「月見里さん!?」
「それ本気? いくら何でも、団員じゃない人に頼むなんて……」
「それなら、他に案があるの?」
此処でも最後の一押しをしたのは、紗夜の一言だった。




