意地悪な義姉
「あの……あなたは……?」
団員たちが呆然とする中、一番近くにいた小羽が舞台の縁にしゃがみながら、男に問うた。男は「これは失礼」と言ってから朔晦景雪と名乗った。
それに反応したのは、紗夜と逆側の袖で待機していた九条凜々花だった。
「わぁ! 素敵なお名前ですねぇ」
そう大袈裟に声を上げたかと思うと真っ直ぐ駆け寄ってきて小羽を肘で押しのけ、景雪の正面に飛び降りた。
「小羽ちゃん、大丈夫?」
「あ……ありがとう、颯汰くん」
突然のことに反応出来ず、押しのけられて転んだ姿のままぽかんとしている小羽の元へ、颯汰が駆け寄ってきて助け起こした。幸い衣装に損傷はなく、怪我もしていない。
そんな二人など眼中にもなく、梨々香は顔の傍で手を握り、真下から見上げる姿勢を作りながら甘ったるい声で話し始めた。
「初めましてぇ! あたしぃ九条凜々花っていいまぁす」
「九条さんですね。初めまして。今日の練習はシンデレラのようですが、九条さんは何の役を?」
「あたしはぁ、ほんとはシンデレラの役だったんですけどぉ、後輩のあの子がどうしてもヒロインじゃないと嫌だって言うから譲ってあげてぇ。あたしはお姉さんの役になってあげたんですぅ」
他の団員があからさまに引いているのも構わず、梨々香は普段より2トーン高い声で嘘に塗れたアピールをしている。あの子が、と言いながら横目で小羽を見た梨々香の目は嫌悪に満ちており、小羽の更に奥にいた団員たちもそれをはっきりと目撃した。
「新人に活躍の場を譲って差し上げるなんて、優しい先輩なんですね」
「ありがとうございますぅ」
だというのに、彼からは見えなかったのか、それとも見なかったことにしたのか、梨々香の嘘をそのまま受け取り、さらりと褒めた。特別な衣装を着ているわけでもない、暗灰色のスーツ姿でも本物の王子様に見える景雪の優雅な笑みと褒め言葉に気をよくした梨々香は、調子に乗って次々に小羽を下げては自分を上げる作業に勤しんだ。
「朔晦さんってぇ、奥さんとかいるんですかぁ? なんかぁすっごい美人と結婚してそーでぇ」
「いえ、お恥ずかしい話ですが、残念ながら仕事一筋で来たせいか、なかなかご縁がなくて」
「うっそぉ! じゃあじゃあ、もしかしたら此処でうんめー的な出会いとかあるかもですねぇ」
「……ええ、そうですね」
暫くうんざりした様子で聞いていた団長だが、いい加減客人を解放しなければと咳払いをして、舞台から降りて男に並び立った。
「団員が失礼しました。私は当劇団団長の小鳥遊雅臣と申します。なにかご用でしょうか」
話を遮られ、目に見えてムッとした梨々香だったが、理想のプリンスを前に団長に食ってかかる様を見せるわけにはいかないと察する程度の理性はあるようで、大人しく押し黙った。
「用というほど大袈裟なものではないのです。ただ、先日此方のオーナーと話しているところを、偶然聞いてしまいまして。もうすぐ見られなくなるのだと思うと名残惜しく、練習風景を見させて頂いておりました」
「そうでしたか……いえ、お客様にご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ない限りです」
「どうか謝らないでください。どうにもならないことはありますから」
そんな団長と景雪の会話を、舞台袖の紗夜だけは思案顔で聞いていた。