魔法の仕掛け
デートの翌日。最終調整と最後の通し稽古を行っていると、いつの間にか客席の最後部に雪男が佇んでいた。最初に気付いたのは女性団員で、小さくヒッと声をあげたことで周りも連鎖的に彼の存在に気付いたのだった。
舞台上に比べて、客席は薄暗い。そんな中にぼんやりとただ立っている重たい前髪の男は、彼を知っていても異様に映ってしまう。他の団員はなるべく彼を視界に入れないよう努め、稽古に集中した。
(雪男さん、本当に来てくれたんだ……)
だが、唯一小羽だけは、彼の来訪に温かな気持ちになっていた。
シーンは魔法使いにカボチャの馬車と馬を用意してもらい、最後にドレス姿に変身するところへ差し掛かる。
「さあ、シンデレラに特別なドレスをあげましょう」
魔法使いに扮した紗夜が杖を振る。それを合図に、エプロンの裏に隠した紐を引きながら一回転すると、粗末なツギハギのワンピースがあっという間に舞踏会用のドレスに変化した。
歌舞伎などで使われる引き抜きの技術を使った早着替えは、この劇団の目玉の一つでもある。
「ありがとう、魔法使いさん」
「お礼を言うのはまだ早いわ、シンデレラ。この靴を履いて行きなさい」
ドレスの裾を軽く持ち上げて、硝子の靴を履く。そうしてシンデレラは、綺麗に着飾った貴族の娘たちにも劣らないお姫様のような姿になると、カボチャの馬車に乗ってお城へ向かっていった。
「十二時の鐘が鳴ったら魔法が解けるから、きっとそれまでには帰るんですよ」
「約束するわ。本当にありがとう」
手を振り、袖へとはけていく。
それからお城での舞踏会シーンへ移り、十二時の鐘と共にシンデレラがお城をあとにし、最後に硝子の靴を頼りに王子様が国中の娘の中からシンデレラを探し出すシーンを演じる。
ナレーションがお決まりの「そして二人は、いつまでもしあわせに暮らしました」と読み上げ、幕が下りた。
「よし、集合!」
団長が舞台に上がり、団員を整列させる。
「週末の最終公演の主な観客は、白百合保育園と第二保育園の子供たちだ。相手が子供だと思って気を抜いているとすぐ伝わるからな。大人と違って飽きれば騒ぐし、平気で席を立つのが子供だ。しっかりと引き締めて挑むように」
「はい!」
団員たちの脳裏には、共通の出来事が過ぎっていた。
以前、市内の小中学校に加えて近隣の保育園も招いた複数の小劇団で公演を行ったときのこと。ある劇団が子供相手と侮った舞台を披露したことがあった。当然子供たちにもその空気は伝わり、客席から容赦のない「つまんなーい」という幼い声が響いた。
園児に伝わったものは、当然中学生にだって伝わる。馬鹿にされたと感じた彼らは、劇場内では大人しくしていたが、こぞってSNSに劇団の名前入りで馬鹿にされたことを暴露。そのせいか、文化祭などでその劇団が招待されることはなくなり、大きな興行も行えなくなってしまった。次に演じた小羽たちが空気を取り返していなければ、興行自体が大失敗となるところだった。
あの空気は、他人事ながら胃がキリキリと痛む思いだった。客として見たときにも同様に。所詮素人、たかが子供と伝わるような演技をされたら、来なければ良かったと思うことだろう。
「では、解散」
「お疲れさまでした!」
団員が解散し、団長も立ち退きの件で忙しいのか、小羽に最低限「遅くならないように」とだけ伝えると、慌ただしく事務室へと下がっていく。
走り回るような内容でなくとも、舞台を一つ演じ終えればそれなりに息は上がるし、汗もかく。小羽も紗夜も手のひらで軽く扇ぎながら息を吐き、互いにお疲れさまと笑い合った。




