白雪姫の王子様
痛む頭を抑え、首を傾ける。と、ベッドの横に置かれたサイドボードの上に、見慣れない花籠があるのに気付いた。純白の花だけで構成されたプリザーブドフラワーの籠だ。花粉が落ちないよう透明なビニールで覆われていて、籠も花も白い中、リボンの緋色が差し色になっている。
「紗夜ちゃん……このお花は、紗夜ちゃんが置いてくれたの?」
紗夜は涙を拭いながら顔を上げると、小さく首を振った。
「私が来たときにはもうあったわ。看護師さん曰く、あなたを病院まで運んでくれた匿名の人が、あなたにって届けてくれたのだそうよ」
「そう……誰なんだろう……?」
小羽の疑問に答える代わりに、紗夜は花籠から小さなメッセージカードを取り出した。
「差出人は書いてないけど、こんなのならあるわ」
「なぁに?」
カードを受け取り、頭を起こすと痛むので、代わりに腕を顔の前まで上げて見る。カードには、一言だけ書かれていた。
『白雪姫へ』
繊細な文字で、見舞いらしい言葉もなにもなく、本当にそれだけが書かれているようだ。
「白雪姫……」
「思い当たることがあるの?」
「……うん」
そうは言っても、意識を失う寸前に、そう呟く声を聞いたというだけ。声の主もわからず、ただ年上の男の人だろうということしかわからない。
「そう……差出人は、さしずめ白雪姫の王子様ってところね」
紗夜は伝えなかったが、看護師たちが「ものすごいイケメンが美少女を抱えてきた」「王子様がお姫様をお姫さま抱っこで運んで来た」と色めき立っていたのを覚えている。勿論、そんなふうに言い出したのは、小羽の容態が安定してからのことだが。
彼女らの言を総合すると、思い当たる人物が一人いる。そしてそれが正しければ、確かに王子様だろうなとも思う。しかしいま小羽に伝えたところで、どうなるわけでもない。
「いつか、会えるといいわね」
「うん。会って、ちゃんとお礼がしたい」
運命の王子様と出会ってすることがお礼とは。小羽らしい答えに、紗夜は密かに苦笑する。
だがそれなら尚のこと、心当たりをただ単に引き合わせるだけではいけない。きっと小羽のことだから、お礼を言ったら其処で満足して、それ以上を相手に望んだりしないだろう。
「それなら早く舞台に復帰して、たくさんの人に見てもらわないといけないわね」
「ありがとう、紗夜ちゃん」
純粋な心配と好意だと受け取り、うれしそうに微笑む小羽に、紗夜も優しく微笑んで見せた。
胸の内に秘めた想いに蓋をして。決して漏らさぬように。
紗夜の心の支えは、小羽を守ること。
そして、小羽を誰よりもしあわせにすること。そのためならどんなことも厭わないという、昏い本性を笑顔の奥に隠して。紗夜は愛しい小羽の頬を撫で、うっとりと微笑んだ。




