寵愛の姫君
その日から、紗夜は小羽を妹のように可愛がりだした。学校でも劇団でも常に小羽の傍にいた。小羽も学校では友達がおらず、虐められていたため、紗夜にとてもよく懐いた。
紗夜が、小羽が孤児だと知ったのは、それからわりとすぐのことだった。
いつものように、教室に小羽を迎えに行ったとき。教室から小羽を罵る声がしたのだ。
「おやなしのくせに、おじょうさまといっしょにいるとかナマイキ」
「お前、おやにすてられたんだろ? 一生のきらわれものじゃん」
「あたしのお母さんも、あたしがわるいことすると、出て行きなさいっていうよ? うまれてすぐすてられたってことは、こはねは生まれたことがわるいってことじゃん。なんでいきてるの?」
「おれのかーちゃんが言ってたぜ。おまえみたいなのを『こじ』っていうんだって」
「何だか、こじきとにてるね。きたなーい」
「こじき! こじき!」
聞くに堪えない暴言に耐え兼ねて、紗夜は教室の扉を思い切り叩き開けた。愉しげに囃し立てていた子供たちが、一斉にビクリと体を跳ねさせて振り向く。
「退きなさい」
気迫に気圧され、小羽を取り囲んでいた子供たちが道をあける。紗夜は小羽を見下ろしながら、手を差し伸べた。
「帰りましょう。お父さんが待っているわ」
「うん……っ」
紗夜の手を取り立ち上がると、小羽はぐすぐすと泣きながら紗夜に寄り添った。
「お父様に伝えておくわ。この学校には随分と教育熱心な方が揃っていらっしゃるようだって」
意味を図りかねている子供たちを余所に、紗夜は小羽を連れて教室をあとにした。
次の日から、いままで以上に遠巻きにされ、恐れられるようになったが、紗夜にとっての他人は最早道端の石ころにも劣る無意味な存在と化していた。
「ごめんね、紗夜ちゃん……わたしのせいで」
「あなたはなにも悪くないわ。悪いのは、人と少し違うからってあんなふうに言う奴らよ。それに私も、お嬢様扱いばかりされてうんざりしていたの。だからいいのよ」
劇団の門を潜る前に足を止め、紗夜は小羽を抱きしめた。
「ずっと、私が守ってあげるわ。だから小羽は、私の傍にいて頂戴」
「うん……わたし、紗夜ちゃんのそばにいる。ずっと……」
「約束よ。あなたがいなくなったら、私……ううん、お父さんだって、きっと哀しむわ」
言葉の意味も、重みも知らないままに、小羽は大好きな親友の言葉に頷いた。
――――そうだ。
約束したのに、小羽はひとりで死んでしまうところだったのだ。
旧い記憶が蘇り、紗夜が見せた涙の、本当の意味を知った。
「ごめんね、紗夜ちゃん……ごめんね」
子供の頃はわからなかったが、いまならわかる。紗夜の依存心と、寵愛の重さを。
紗夜は、小羽を悪意から守ることで、自分の心を守っているのだ。小羽に万一のことがあれば、耐えきれず崩れてしまうほどに。強く、深く、小羽の存在に依存している。
まるで紗夜は、暗い井戸の底に落ちてしまった宝石のようだと、小羽は思った。