雪兎の少女
「あのね、こはねもぐあいわるいときはね、お父さんのお車にのるんだよ」
雪兎の少女は、拙い語彙で精一杯伝える。
アルビノの存在はフィクションで偶然目にしたときに興味を持って、少しだけだが調べたことがあった。初めて触れたのが映画の世界だったので、こうして目にすると現実味が薄く感じる。
この少女も、定期的に病院に通って体調を整えているのだという。
「あなた、こはねっていうの」
「うん。たかなしこはね」
左胸の名札を見れば、男の人のものらしい文字で『小鳥遊小羽』と書かれている。紗夜の名字も月見里と書いて『やまなし』と読む難読名字なので、そこはかとない親近感を覚えた。
「ありがとう、小羽ちゃん。でも、具合が悪いわけじゃないから大丈夫よ」
「そうなの? よかったぁ」
心から安心した様子で、小羽は満面の笑みを浮かべた。其処で重ねて、ならどうして、と訊ねてこない辺り、心配していただけで紗夜の事情を探る気は更々ないようだ。
「教室まで送ってあげるわ。小羽ちゃんは、何組なの?」
「えっとね、にくみさんだよ」
小羽と手を繋ぎ、紗夜は一年生の教室を目指した。
下級生のクラスは二階にあるため、いつも上がっていく階段を途中で曲がり、廊下に出る。と、下級生がざわつき、道をあけた。
最初は、自分が一緒にいるせいだと思った。けれどすぐに、それだけではないと知ってしまう。
「わ、お化けがきた」
「さわったらびょーきうつされちゃう」
「あの人おじょうさまなのに、びょーげんきんにさわってるよ?」
「お金もちだから、とくべつなよぼうせっしゅしてるんじゃない?」
いまならそんな馬鹿なことをと思えるが、当時の紗夜は、まだ其処まで冷静でいられなかった。自分のことで精一杯だったとも言えるのだが。ともかく、それだけで小羽がクラスでどんな扱いをされているか理解してしまい、繋いだ手をぎゅっと握り締めて周りの子供たちを睨み付けた。
それから、紗夜は事あるごとに小羽の元を尋ね、小羽と過ごすようになった。
お嬢様に贔屓されていると言われているのを聞いたこともあったが、だからといって小羽の傍にいることをやめれば、今度は「お嬢様に利用されて捨てられたヤツ」のレッテルを貼られて余計にひどい目に遭わされるだろう。
いつしか登下校は、紗夜が小羽を迎えに行き、手を繋いで歩いて行くようになった。車の送迎は小羽の家が起点になり、その家が劇場の一部であることも、このとき知った。
「小羽ちゃんは、お芝居をしているの?」
「うん。でもね、まだぶたいには出られないの。いつかみんなとおしばいできるように、いっぱいれんしゅうしてるんだよ」
「そう……偉いのね」
紗夜が褒めると、小羽はそれはうれしそうに微笑んだ。
「そうだわ。今度、お芝居の練習を見せてくれないかしら?」
「うん、いいよ。お父さんにもきいてくるね」
「ありがとう」
このときの気紛れが紗夜の未来を大きく転換させるとは、紗夜自身も思いもしないことだった。




