白の中の白
次に目覚めたとき、小羽は知らない天井を仰いでいた。
ぼんやりする頭でどうにか視線を巡らせれば、真っ白で無機質な空間にいることがわかった。
「小羽!」
傍らから声がして首を傾けると、ずきりと痛みが走って顔を顰めた。それで漸く、小羽は怪我を負って病院に運ばれたのだと理解する。
「無理しないで。まだ完治したわけではないのだから」
頬を撫でる滑らかな白い手は、大好きな紗夜のものだ。小羽より少し低い体温で、頬に触れるといつも「小羽は温かいわね」と微笑んでくれる、誰より綺麗な親友のものだ。
「紗夜、ちゃん……わたし……どうして……」
「……あなた、アイツらに殺されかけたのよ」
まだなにが起きたのか把握しきれない様子で訊ねると、紗夜は親の仇でも見るかのような表情で呟いた。それなりに長い付き合いの中で、一度も見たことがない表情だ。
「でも、安心して頂戴。二度と顔を合わせることはないわ。……私の小羽を傷つけたんですもの。相応の報いを与えられて当然だわ」
彼らの身になにが起きたのか、紗夜がなにをしたのか、小羽は訊ねる勇気が出なかった。まさか死ぬようなことはないだろうが、紗夜の父は、紗夜をそれはそれは溺愛している。紗夜が間違っていても無条件で許すような盲目ぶりはないとはいえ、この世の優先順位の最上位に紗夜がいる。
紗夜がそう言うなら、彼らはもうこの町にはいないのだろう。それがどういう意味であれ。
「偶然通りかかった人がいなかったら、本当に死んでいても可笑しくなかったのよ……?」
そう呟くと、くしゃりと顔が歪み、目尻から涙が溢れて頬を転げ落ちた。
「お願いだから……一人にならないで……」
小羽の胸に縋り付きながら零した想いは、まるで「独りにしないで」と言っているかのようで。小羽は気怠い腕を持ち上げると、紗夜の髪をそっと撫でた。
いつもは小羽がしてもらっているその仕草を、真似るようになぞっていく。
「ごめんなさい……わたし、死んでも良いって思われてるくらい、嫌われてたんだね……」
「っ……! あんな連中、どうだっていいわ」
悲痛な声と共に顔を上げた紗夜の目は涙で濡れており、苦しげに寄せられた形の良い眉も濡れた頬も、表情を作るなにもかもが彼女の悲愴な内心を代わりに叫んでいた。
「あなたは私の光……私の希望なの。見る目の無い輩がどう思おうと、関係ない。私だけはずっと小羽の傍にいるわ。だから小羽も、私の前からいなくならないで……」
「紗夜ちゃん……」
痛切な、懇願するような声に、小羽はなにも言えなくなった。
紗夜は小羽が小学校に上がったとき、登下校の世話をする上級生として同じ班にいた。とはいえ紗夜は車での送迎がついていた上に小羽が暮らしている劇場は小学校と目と鼻の先であったため、一緒に登下校することはなかったのだが。
ある日のこと。紗夜が車で登校すると、周りの児童たちが家柄を羨ましがったり、或いはお嬢様なのを見せびらかしていると遠巻きに囁きだした。紗夜にとってはいつものことで勝手に言わせておけばいいと放置していたのだが、好機の眼差しとは違う視線があることに気付いて目をやった。
其処にいたのは、真っ白な子供。白髪に、白磁にも似た作り物めいた肌。南天の実のような赤い瞳と、雪兎が人間に化けているかのような姿の少女だった。
「なにかしら?」
訊ねたのは気紛れだった。
小学校に上がってからというもの、誰も彼もお嬢様扱いをするばかりで、友人が出来たことなどなかった紗夜にとって、他人は自分を興味本位で噂する生き物でしかなかったから。
「さやちゃん、いつもお車だけど……」
またか、と落胆した。だが、続く言葉は、紗夜が予想もしなかったものだった。
「ぐあいわるいの? だいじょうぶ?」
「え……?」
目を丸くした紗夜を見つめる目は、揶揄うでもなく冗談でもなく、本当に紗夜を心配していた。




