突発的合コン会場
駅前の駐車場に駐めた、いかにも高そうな黒塗りの車から降りると、梨々香たちの元へ近付いてくる。すらりとした脚が奏でる靴音はこの場を行き交う誰よりも洗練されており、先ほどまで見て見ぬふりをしていた人たちでさえ足を止め、見入ってしまうほどだった。
彼がもし舞台に立ったなら、どれほど目立たない端役であっても会場中の注目を浴びるだろうと確信出来る。
「えーっ、朔晦さんじゃないですかぁ!」
「えっ、梨々香、この人と知り合い?」
「滅茶苦茶イケメンじゃーん。マジでぇ?」
まるで別人のような声音で食らいつく梨々香に、他の友人たちは一瞬面食らうが、景雪が乗ってきた車や身につけているものの高級感を目敏くとらえ、同じような態度で媚び始めた。
「どうしたんですかぁ、こんなところでぇ」
「仕事帰りに偶然通りかかったら、知っている姿が見えたもので。此方の方はご友人ですか?」
「はいっ! あたし、三宅明日菜っていいますぅ。OLやってまぁす」
「曽根心咲でぇす。渋谷でアパレルやってますぅ」
「あたしは葉山希美っていいまぁす。アスナと一緒でOLですぅ」
最早小羽のことなど見えていない様子で、景雪に自己アピールをしていく。まるで駅前が合コン会場にでもなったかのようなテンションで、次々に売り込む様子をぽかんとして見上げていたが、ふと景雪と視線がぶつかった。景雪は声には出さず、視線だけで駅の外を指した。
ハッとして立ち上がり、梨々香たちの視界外でお辞儀をすると、慌てて駆けていく。オモチャに逃げられたことを遅れて察した梨々香たちだったが、いまは小羽などどうでも良かった。それより目の前にぶら下げられたチャンスに食いつこうと、連絡先を聞き出そうと躍起になっていた。
「社長。そろそろ」
其処へ、車からもう一人の男性が降りてきて、景雪に声をかけた。モデルか俳優のような、華のある美形の景雪とはまた別の、涼しげで怜悧な美男だ。
「おや、残念。では、私はこれで失礼します。次は舞台を見に行きますので」
「はぁい、お待ちしてまぁす」
秘書らしき男と連れ立って去って行く後ろ姿を見送り、梨々香たちはほうっと溜息を吐いた。
「てか梨々香、あんなイケメンと知り合いとか知らなかったんだけど?」
「だって、一回会っただけだしぃ、連絡先とかも知らないのに紹介なんてできないもん」
「そんなこと言って、イケメン社長を独り占めしようとしてたんじゃないの?」
「なんでぇ? アスナ、なんでそんなひどいこと言うのぉ?」
「なに? なんか文句ある? 黙ってたのは事実じゃん」
共通のオモチャも、猫を被って媚びを売る対象もいなくなった途端、梨々香と明日菜が喧嘩腰になり始めた。他の二人はいつものことと相手にはせず、スマートフォンを眺めたり鏡を取り出して髪を弄ったりしながら、適当にやり過ごしている。
「いいもん! 朔晦さんは梨々香に声かけてくれただけなんだから、オマケの明日菜たちなんか、ほんとは全然相手にされてなかったんだからぁ! ぷんぷん!」
そして最後にはいつも、梨々香が他二人を巻き込んで罵倒し、集団から抜けていくのだ。
「明日菜GJ」
「カラオケ行こ。どうせ今回も外れコンだし」
「アイツマジでダルいわ。ぶりっこはお前だっつーの」
何事もなかったかのように、三人は当初の目的へと向かっていく。
彼女たちのグループチャットは、二つ。梨々香を含めたものと、彼女だけがいないものがある。三人だけの仲良しグループを繋ぎ止めているのは、共通の愚痴対象である梨々香だった。




