その心に歩み寄る
「私は、小羽さんを誤解していました」
「誤解、ですか……?」
「ええ……」
楓広場の一角にある四阿のベンチに並んで腰掛け、行き交う人々が枯葉を踏む音に紛れさせて、雪男は小羽にだけ聞こえる声で想いを吐露した。
「あのとき、周りに推されたから引くに引けず、承認してくださっただけなのだと……」
梨々香に突き飛ばされ、周りは誰も反対せず、紗夜も推薦してきたあのとき。小羽の心にあった想いは、ただただ困惑だけだった。梨々香が露わにして見せたような嫌悪感は全くなく、それより雪男は自分などで本当にいいのかとさえ思っていた。
雪男も自分と似たような想いでいたことに驚き、何と声をかければ良いか迷ってしまう。
「そんなことは……」
やっと言えたのは、困惑を乗せた一言だけ。
「……そうですね。あなたの優しさを、卑屈に捉えてしまっていました。この姿で人前に出ると、あの日の九条さんのような反応をされるのが当たり前でしたから……」
雪男はずっと、外見で苦労してきたという。
容貌が良くなければ人はなにを言っても耳を貸さず、たとえ同じ意見でも、見た目の良し悪しで対応だけでなく最終的な評価や判断までもが変えられる。そんな世界で生きて来たため、あの日、誰かが恋人になればと言ったときも、塩を撒かれて追い出されるものだとばかり思っていた。
言い方はひどいが、金で女を買いに来たと言われればその通りで、それに応じた小羽は、劇団を建て直すためなら何でもするつもりでいるだけだとばかり思っていた。
「小羽さんは、あのようなひどい交換条件を出した私を気遣ってくださいました。その優しさを、私は信じたいと思います」
雪男の言うことは、小羽にも十分思い当たることだった。見た目が世の言う『普通』と違うのはとんでもない罪なのだと思い知らされるような、苦しい出来事に遭ったこともある。でなければ、いまだって『普通』の黒髪と黒い瞳に偽ったりしていないのだから。
「ありがとうございます。わたしを信じてくれて。お芝居をしていないわたしなんて、何の魅力もないのに……」
「……小羽さんは、十分魅力的な方ですよ」
雪男の言葉に、小羽は寂しそうな笑みを浮かべた。姿を偽っているという罪悪感から、本来ならうれしいはずの言葉もどこか棘のように胸に閊えてしまう。
いつか姿を偽らずに、素のままの自分で雪男の隣に立つことが出来たら。そう思う一方、過去の影がお前には無理だと囁きに追いかけてくるのも感じる。
「ああ……もう日が陰ってきてしまいました。秋は昼が短いですね」
「そうですね。あっという間でした」
「お父様も心配なさるでしょうし、戻りましょうか」
「……はい」
雪男が立ち上がり、小羽に手を差し伸べる。その手を取れば、雪男は口元を和らげて小羽の手を握り、優しく包み込んでくれる。
東口の外、バス停でバスが来るのを待っているあいだも、お互いのあいだに会話はない。けれど小羽は、流れる沈黙に居心地の悪さは感じなかった。




