なにより綺麗なもの
楓広場では、ポスターの通り紅葉が見頃となっており、様々な人たちが携帯カメラやデジカメを構えて記念撮影をしている。一面に広がる夕焼け空のような光景に、小羽は思わず言葉を失った。
写真もそれは素晴らしいものだったが、こうして自分の目で見ると、その雄大さに圧倒される。ひらひらと舞い落ちる楓の葉も、一歩進むごとに乾いた音を立てる朱色の絨毯も、なにもかもただひたすらに綺麗で、息を飲むばかりだった。
「すごい……綺麗ですね」
小羽がやっとの思いでそれだけ呟くと、隣から「ええ、本当に」と同意の声がした。横を見れば雪男は小羽のほうを見ており、口元はやわらかく笑みを作っている。
「本当に、綺麗です」
「っ……」
その甘い言葉がまるで自分に向けられているかのように錯覚しそうになり、小羽は熱くなる頬を誤魔化そうと視線を紅葉の海に逃がした。
中央公園は紅葉だけでなく桜並木や金木犀の生け垣などもあり、四季のいつ訪れても季節の花を楽しめるのだということを、いまやっと思い出した。
ずっと嫌な思い出のせいで避けてきたが、雪男と一緒なら恐れず楽しめる気がする。声に出しはしないが、そう思った。
「ここがこんなに素敵なところだったなんて……雪男さんが誘ってくださったお陰です」
ひときわ大きな公孫樹の根元に来ると、小羽は感嘆の声を漏らした。上を見上げると、黄金色の天蓋のように、見渡す限り色づいた公孫樹が枝葉を広げている。
「喜んで頂けて良かったです。この公園は、いつ来てもどこかしらで花が見頃ですからね」
「そうですね。他の季節の花も、雪男さんと一緒に見られたらうれしいです」
「それは……」
隣を見ると、雪男が困惑したような空気を纏っていた。暫くその理由を解せずにいたが、ふと、自分がなにを口走ったのか思い至り、慌てて口を開こうとした。が、
「……季節が巡っても、私といてくださるのですか……?」
それより先に、雪男がそう訊ねた。
取り繕うために何でもないと言いかけた口を閉じ、そろりと頷く。否定する理由など、小羽には全くなかった。雪男は団員の女性なら誰でも良くて、交換条件のために誰かを選んで、それが偶然自分だっただけだ。けれど小羽にとって彼との時間は、舞台上での魔法がかかったひとときに匹敵する夢のような時間だった。
だから叶うなら、彼にも同じしあわせを味わってほしかった。
「ですが……小羽さんは、劇団のために私といるのでは……」
「そんな……っ、そんなことありません……!」
自分でも思ってもみなかったくらいに、必死な声が出た。寧ろ雪男のほうが、ビジネスのために自分といるのだとばかり思っていたほどなのに。
「わたし、今日は雪男さんと一緒に過ごせて、とてもしあわせでした。本当に、雪男さんの恋人にしてもらえたみたいな気持ちになれて……いまでもまだ、夢を見ているんじゃないかってくらい、とてもしあわせで……」
「小羽さん……」
雪男の大きな手が、小羽の頬を包む。
つられて見上げると、見えないはずの視線が痛いくらい注がれている気がした。そして、雪男の顔がそっと近付いてきて、音もなく小羽の唇を啄むように塞いだ。
ただそれだけなのに、体の芯が甘く痺れた。ふわふわと酩酊したような心地になり、雪男の胸に縋る格好になってしまう。雪男の逞しい腕が小羽の腰を抱いて支え、もう片方の手が頬に触れる。その手に誘われるようにして見上げると、吐息が掠めるほど間近に雪男の顔があった。
「……雪男、さん……」
「嫌では、ありませんでしたか……?」
小羽は紅葉も褪せて見えるほど真っ赤に染まった頬で、こくりと頷いた。




