触れた手の大きさ
子供たちが走り去って、ホッと息を吐いたとき。小羽は漸く自分がどんな格好をしているのかを思い出した。雪男に肩を抱かれ、その広い胸に飛び込んでしまっている。
理解した瞬間、かあっと顔に熱が集まり、全身がゆで上がりそうな心地になった。
「あ……わ、わたし、あの……!」
「……ああ、すみません。咄嗟でしたので」
そう言いながらも、肩を抱く手が離れる気配がない。どうしたのかと視線だけ上げると、小羽を見下ろす雪男と目が合ったような気がした。
「あなたが……無事で良かったです」
「雪男さん……ありがとうございます」
舞台の上ではお姫様として振る舞うことも、相手にそう扱われることも慣れていて、特になにを思うこともないというのに。ただの小羽としているときに大事にされるとどうしてこうも胸が甘くときめくのだろうか。
相手にとってはきっと、自分との時間は交換条件でしかないのに。
「すみません、馴れ馴れしいことを……」
スッと体が離され、小羽は何故か名残惜しいような気持ちになった。けれどそれを言えば相手を困らせてしまうだけだと思い、小さく首を振った。
「いえ、ありがとうございました。雪男さんは、お怪我はありませんか?」
「ええ。何とか、受け止めましたので」
そう言って、右手を広げて見せる。手のひらが少し赤くなって土がついてはいるが、傷がついていたり痣が出来ていたりといったことはなさそうだった。
「でも、あとから痛むかも知れないですし、念のため少し冷やしに行きましょう」
「……そうですね。一応、手も洗いたいですから……」
ランチセットを纏めて立ち上がると、二人はピクニックエリアとアスレチックエリアのあいだにある噴水広場を目指した。其処は、夏場には水着で遊ぶことも出来る、ごく浅い水場となっている場所だ。秋から春にかけては中心の大きな噴水だけを稼働しており、曲水のように地面から噴水が飛び出すエリアはただの石畳広場になっている。近くには水道もあり、更に行くと売店もある。
隅の水道で雪男が手を洗うと、小羽は安心したように表情を和らげた。
「そこまで心配しなくても、大丈夫ですよ。サッカーボールとはいえ、子供の力でしたから」
「え……ごめんなさい、顔に出ていましたか……?」
「はい、とても」
急に恥ずかしくなり、片手を頬に当てる。心なしか熱い気がして、視線から逃れようと俯いた。
「小羽さんは……」
名前を呟かれ、顔を上げる。なにか言いたいことがありそうな様子に見え、暫し待っていたが、雪男は小さく「何でもありません」と続けて、その先を口にすることはなかった。
「それより、少し歩きませんか。南口のほうでは紅葉が見られるそうですよ」
雪男の視線が売店の窓へ向けられたのを見て、小羽も同じほうを見る。其処には、中央公園南口楓広場が丁度紅葉の見頃だと宣伝する、写真付きポスターが貼ってあった。
ポスターの端に小さく『この写真は昨年の楓広場を撮影したものです』と書かれているのを見た小羽は、こんなにも綺麗な景色がすぐ近くにあるのに、いままでずっと目を逸らしていたことが、とても勿体なく思えた。
「はい、ぜひ」
「では……」
そう言うと、雪男は左手を差し出した。小羽がその手を取ると優しく握られ、そのまま楓広場へ向けて歩き出した。




