大切な居場所
自室のベッドで膝を抱え、小羽は一つ溜息を吐いた。
劇場がある敷地の一角に備えられた寮は決して立派な建物ではないが、小羽にとって幼少期から過ごした思い入れのある場所だ。
抑も小羽は、此処以外に帰る場所がない。劇団の前に捨てられていたのを団長に拾われて以来、ずっとこの場所を家として、そして劇団を家族として慕い過ごしてきた。それがまもなく失われ、家族がバラバラになろうとしている。気持ちを切り替えようにも上手くいかず、先ほどから小羽は溜息ばかり零していた。
「こんな憂鬱な顔、お客さんに見せるわけにはいかないのに……」
言っている傍から、また一つ。
静かな部屋にひとりでいると、どうしても気持ちが落ち込んでしまう。かといって、他の団員に相談するわけにもいかず、誰よりも歯がゆい思いをしている団長には絶対言えない。
どうすればいいのかわからずに、膝に顔を埋める。と、扉を叩く音がして、顔を上げた。
「小羽、いま宜しいかしら」
「紗夜ちゃん……?」
咄嗟にウィッグへと伸ばした手が、ピタリと止まった。
扉越しに聞こえてきた声は、親友でもあり姉のような存在でもある、紗夜のものだった。小羽が素顔を唯一安心してさらけ出せる、大事な家族だ。
「待って、いま開けるね」
変装をすることなく急いで扉に駆け寄り、内鍵を外す。薄暗い廊下に立っていたのは声に違わず紗夜一人で、辺りには誰もいない。
「ごめんなさい、こんな時間に」
「ううん、わたしはへいきだけど……紗夜ちゃん、門限は……?」
「お父様に連絡して、今日はここに泊まると伝えてあるわ。団長さんは驚かせてしまったけれど、ちゃんと許可も頂いたから大丈夫よ」
それを聞いて一先ず安堵すると、小羽は紗夜を部屋に招き入れた。紗夜が家を訪ねてきたのにも気付かないくらい、深いところまで落ち込んでいたらしい。
紗夜は月見里グループ会長の一人娘で、小羽とは身分が天地ほどの差があるお嬢様だ。劇団には趣味で所属しており本業ではないが、演技に手を抜くことはなく、他の団員と平等に厳しく指導を受けている。
成人しても尚門限が厳しく定められている程度には、大事に育てられているご令嬢である。
「小羽のことだから、今日のことで落ち込んでいるんじゃないかと思ったの」
「えっ……どうしてわかったの?」
目を瞠る小羽を、紗夜は慈愛の眼差しで見つめて頭を撫でた。
「可愛い妹のことだもの、それくらいお見通しよ」
さらさらの白髪に指を絡めて梳き、額に口づけを落とす。ラズベリー色の瞳を覗き込んでそっと顔を寄せれば、小羽は瞼を閉じて紗夜の唇を頬に受け入れる。
寄り添い合ったままベッドに腰掛け、紗夜は小羽をやわらかく抱きしめた。