田舎のバスは後払い
待ち合わせ場所である駅東口のロータリーまで来ると、既に雪男は四阿の柱付近で待っていた。白のシャツに、カーキのジャケットとストール、皺のないパンツと良く磨かれた靴。服装だけならとても洗練されているのだが、自信なさげな姿勢と重い前髪、ずんぐりとした上体がそれら全てを打ち消してしまっている。
通行人はなにをするでもなく佇む彼を不審そうに横目で見ながら、遠巻きに過ぎていく。
待たせてしまったかと慌てて駆け寄り、小羽は「日月さん」と声をかけた。
「こんにちは。すみません、お待たせしてしまって……」
正面で立ち止まり、雪男の顔を見上げながら訊ねると、何故か雪男は面食らったような様子で、じっと小羽を見つめた。
「えっと……ごめんなさい、もしかして遅刻してしまいましたか?」
辺りを見回して、時計を探す。と、上から小さな声で「いえ」と返ってきた。駅舎にかけられた時計の針は、待ち合わせ時刻の五分前を指している。
「私も、来たばかりですので……」
「良かったです」
安堵の笑みを浮かべる小羽に、前髪で見えないはずの雪男の眼差しが降り注ぐ。
小羽が不思議そうに見つめ返すと、雪男は「何でもありません」と言い、視線を逸らした。
「行きましょうか」
「はいっ」
弾む声で答える小羽の背に手を添え、丁度到着したバスに乗り込む。駅から中央公園までは少し距離があるため、バスで移動しなければならない。劇場が駅近くだからと待ち合わせ場所を駅前にしてくれた雪男の優しさに感謝しつつ、空席に並んで腰掛けた。
地方都市の市バスは休日のほうが空いており、他の乗客は買い物に向かう女性やお年寄りが数名いるだけで閑散としている。
「晴れて良かったですね」
「そうですね」
口数は少ないが、声は穏やかで心地良い。窓の外を見ればどこまでも抜けるような青空で、風もなく秋が深まりつつある時季にしては比較的暖かい。
やがて車内アナウンスが「間もなく中央公園前」と告げると、通路側の雪男がまず立ち上がり、小羽に手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
「……いえ」
先行する雪男に続きながら、小羽が財布を取り出そうとハンドバッグを開けたところで、雪男が料金を払いながら「彼女の分もあります」と運転手に告げた。
「はい、確かに二人分頂きました」
「行きましょう」
「えっ、は、はい。お世話になりました」
驚いているあいだに再び階段で手を取られ、小羽は慌てて運転手に頭を下げると、お姫様にでもなったかのような扱いでバスを降りた。
処理が追いつかないままバスを見送ると、小羽は傍らの雪男を見上げてお辞儀をした。
「あの、ありがとうございました」
「大したことでは……ただ、大変そうだと思ったので」
「……?」
雪男の視線は、小羽の手元に注がれている。ハンドバッグは長い肩紐をつけられるタイプなので肩から提げているが、バスケットもあるため実は財布を出すのに難儀していた。それに気付いて、先に払ったのだという。
これほど気遣いが出来る人が何故。と一瞬過ぎるが、余計なお世話だと思い直し、小羽は改めてお礼を口にした。




