初体験は晴天の下で
雪男との約束の日。唯一の懸念事項だった天気は無事晴れとなり、小羽は朝から弁当作りに精を出していた。雅臣はそんな小羽の後ろ姿を、落ち着かない様子で見守っている。
リボンで綴じたロールサンドと、フルーツ、ハート型に並べた卵焼きに、ミニトマトとうずらのゆで卵をピックで刺したもの。全体的に可愛らしく纏めたものをバスケット型のランチボックスに詰めていく。
「こんな感じでいいかな」
「どれ、可愛らしいじゃないか」
出来上がったものを前に、小羽が満足げに呟くと、背後から雅臣が覗き込んできた。
ランチボックスだけでなく、ピックやバランも小羽の趣味で纏められているため、どれも可愛いものばかり。お伽噺の箱庭めいた中身は、男性には甘すぎるかも知れないと今更思う。
「張り切って可愛くしすぎちゃったかな……喜んでもらえるといいのだけど……」
「大丈夫。小羽の気持ちはきっと伝わるさ。自信を持って、楽しんできなさい」
「うん、ありがとう、お父さん」
頭を撫でる雅臣の大きな手の感触に、小羽は擽ったそうに笑った。十八になっても子供のような扱いだが、小羽にとってはなによりのご褒美なのだ。
「あ、そうだ。お父さんにもあるんだよ」
「おや、そうだったのかい」
「最近忙しそうだから、お昼を作って食べるのも大変かと思って」
目を丸くしている雅臣の前に、小羽はもう一つ作っていた弁当箱を差し出した。箱自体は雅臣の私物なので無骨で飾り気のないものだが、中身はバスケットに入っているものと同じである。中と外のギャップが凄いことになっているが、雅臣は目尻を下げて「ありがとう」と受け取った。
蓋と箱のあいだからラップがはみ出て見えているのは、今日の弁当がパンだからだろう。雅臣の弁当箱は密閉性が良くないので、こうしないと乾いてしまうのだ。
「小羽、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、いけない。支度しないと」
そう言うと踏み台から降り、パタパタと自室へ駆け込んでいった。小さなハンドバッグと上着を引っかけて戻ると、バスケットを閉じて両手に提げた。
今日のために、紗夜に相談して買った、ブラウスとジャンパースカートを重ね着しているように見えるフェイクレイヤードのワンピースと、黄色いリボンがついたブラウンの帽子を身につけて。ブラウンのワンピースの裾には白い刺繍の花が咲いており、同じブランドのものだからか帽子にも同じ刺繍が施されている。生成のブラウスの襟元には臙脂のリボンをつけ、靴は元から持っているショートブーツを合わせて、全体的に秋らしいコーディネートで整えた。
小羽が何度もおかしくないか確かめる度、優しく「大丈夫、可愛いわ」と宥めてくれた紗夜には後日改めてお礼をしなければと思う。
「じゃあお父さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
精一杯めかし込んで出かけていく娘の後ろ姿を複雑な思いで見送ると、雅臣は一つ息を吐いた。小さいと思っていた娘も、もう十八だ。高校には通っていないので、高校生特有の複雑な未成年と成人の境界は存在せず、ただの十八歳として扱われる。
自分で付き合う相手も選ぶことが出来、一人であり方を決めることも出来る。
「いつの間にか、あの子も大人になっていたんだなぁ……」
うれしいような寂しいような、一言で言い表すことなどとても出来ない感情を胸に抱き、雅臣は独りごちた。
そんな雅臣だが、弁当箱を開けた瞬間、蓋とラップのあいだに密かに仕込まれていたメッセージカードの「いつもありがとう」の一言に涙ぐむ羽目になることを、いまはまだ知らない。




