小さなしあわせ
夕食と風呂を済ませ、自室に入ると、小羽は変装を解いた。
白髪も紅い瞳も、部屋にいるあいだは誰の目にも触れることはない。
「……? 誰だろう……」
充電をしようと鞄からスマートフォンを取り出すと、通知が点灯していた。開いて見れば相手は雪男で、改めてよろしく頼むという内容と、それから。
「……お出かけ……」
次の休みに、二人で出かけないかというお誘いが並んでいた。
慌てて文字入力画面を開き、慣れない操作で返信を打ち込んでいく。
『ぜひ、ご一緒させてください。どこにいきましょうか?』
送信して数分後、相手から返事が届く。
『よろしければ、中央公園にでも。天気も良さそうなので、ゆっくり過ごしませんか』
雪男の言う中央公園とは、その名の通り街の中心にある大きな公園だ。
ピクニックエリアやドッグラン、人工キャンプ場とアスレチックが一箇所に集まった、街中でもアウトドア風の休日が楽しめる場所だ。
「あの公園かぁ……」
複雑な表情で、ぽつりと呟く。
小羽にとってあの公園は、苦い思い出の場所でしかない。
数年前ストーカーに襲われただけでなく、中学時代にいじめっ子集団に待ち伏せされ、大怪我を負った場所でもあるのだ。しかしそんなことは、雪男の知るところではない。行きたくないなどと言えば理由を話さなければならないだろうし、いじめやストーカーの話など会ったばかりの人間につらつら聞かせることでもない。
一つ深呼吸をすると、平静を装って文字を打ち込んでいく。
『それならわたし、お弁当作っていきますね』
自分の心の問題は当日までに自分で処理しようと気を落ち着かせ、小羽はそれだけ返した。また数分後、相手から返事が届く。
『宜しいのですか? では、楽しみにしています』
『はい。わたしも、楽しみです』
『そろそろ良い時間ですね。あまり夜更かしさせては申し訳ないので、これで』
『お休みなさい』
『お休みなさい。良い夢を』
雪男との会話が並ぶチャット画面を暫し眺め、小羽は小さく笑い声を漏らした。
ふんだんにある絵文字も一切使われておらず、スタンプは最初の確認で送られてきた一つだけ。余計な雑談もせず、会話は俳句並みに短い文のやりとりだけ。それでも言葉の端々から伝わる彼の優しさがうれしくて、顔が緩んでしまう。
正面ホールで会話をしたときの優しい声音が思い起こされる文面は、彼の人柄が表れているかのようだ。
「お出かけ、楽しみだな……」
ベッドに潜り込み、温かい気持ちのまま目を閉じる。
この日は久しぶりに悪夢を見ることなく、夜明けまで熟睡することが出来た。




