優しい魔法使い
「さあ、皆さんも解散致しましょう」
「あ……そ、そうだな。じゃあ、お疲れ」
「お疲れさまです」
物言いたげながらも一礼し楽屋へ去って行く団員たちを見送ると、小羽は雪男に視線を移した。
「小羽さん、でしたね」
「は、はい……!」
名前を呼ばれた小羽は、何故か緊張した様子で背筋を伸ばした。
「よろしければ、連絡先を交換して頂けませんか」
「わかりました。でも、あの、荷物は楽屋にあるので……」
「ああ、そうですよね……着替えもしなければなりませんし。では、私は正面ホールでお待ちしております」
「すみません……すぐに着替えてきますね」
ぺこりと一礼し、小羽は紗夜に連れられて楽屋に戻った。
扉を開けると、いつもは着替えながら雑談に興じている団員が、珍しく誰もいなかった。小羽は用事があるのかなと思っただけだが、紗夜は何となく気まずいのだろうと察していた。
「ねえ紗夜ちゃん……」
「どうしたの?」
ドレッサー前に腰掛け、メイクを落としてもらいながら、小羽は鏡越しに名前を呼んだ。
縁もゆかりもない、ただ劇場の前に捨てられていたというだけで此処まで育ててくれた団長に、何の相談もなく勝手に決めてしまったことが、小羽の心に引っかかっていた。
「……お父さんになにも言わずに決めちゃったけど、良かったのかな……?」
「それは交際のこと? それとも、劇団のこと?」
「えっと……両方、かな……」
小羽の呟きに、紗夜は「そうね」と零して思案した。
メイク落としを染み込ませたコットンで優しく顔を拭い、シンデレラの魔法を解いていく。
「交際に関しては、心配ないわ。だって誰も、親の許可を取ってから付き合うなんてしないもの。そういうのは婚約とか家族も関わる話になってからね」
「そうなの……?」
「そうよ。友達を作るのだって、誰それと友達になりたいです、なんて親に言わないでしょう? 恋人も同じよ」
小羽は難しい顔をしながらも、そういうものなのかなと納得した。だが、劇団を交換条件にしたことについては、やはり引け目を感じてしまう。
「劇団のことも、いまは気にすることないわ。どうなるかもわからないんだもの」
「うん……そうだよね。日月さんも、当分はお試しみたいなものって言ってたし。わたしのことが気に入らなければ、劇場の説得だってする必要はなくなっちゃうんだから」
「大丈夫よ」
ウィッグを解いた髪をブローしながら、紗夜は優しく語りかける。
「小羽はいい子だもの。私が保証するわ。それとも、私の言葉は信用出来ないかしら?」
「そ、そんなことないよ」
答えがわかっていながら悪戯そうな顔で言う紗夜に、小羽は慌てて首を振った。
「紗夜ちゃんはいつだって、私に最高の魔法をかけてくれるもの」
だがこの言葉までは予想外だったようで、紗夜は目を瞠ってから、うれしそうに破顔した。




