美女と野獣
小羽は舞台に一度腰掛けてからそっと降り、雪男の前に立った。近くで見ると思ったよりも背が高く、首を傾けないと顔を見ることも出来ない。
「あの……本当に、そんな条件でいいんですか……?」
「と、言いますと……?」
小羽は気遣わしげに、一度目を伏せてから言葉を選ぶように続ける。
「その……こんなことしなくても、日月さんならきっと良いお相手が見つかると思うんです……」
「いえ、残念ながら、見つからないからお願いしているんです。先ほど言われましたが、お金だけあっても、この容姿では寄ってくる人もいないもので……」
「そんな……」
小羽には、雪男が自虐するほど異性に嫌われる人間には見えなかった。何故なら梨々香に背中を押されて蹌踉めいたとき、雪男は僅かに反応していたのだ。もし舞台から落ちていたら、彼がその腕で受け止めていただろう動きをしていたのを、小羽は視界の端に捕らえていた。
咄嗟のときの行動は簡単に取り繕えるものではない。きっと彼は心優しい人であるはずなのに、誰にも相手にされないと思ってしまっているのが哀しかった。
「小羽。私もあなたが適任だと思うわ」
「や、月見里さんまで……」
思わぬところから推薦され、颯汰が驚いて舞台を見上げた。
声の主は紗夜で、舞台の際にしゃがんで頬杖をつき、小羽を優しく見つめている。
「あなたは優しい子だわ。団長が大事にするのもわかるくらいに……だからこそいままで異性とは縁がなかったけれど、良い機会だと思うのよ」
「紗夜ちゃん……でも、わたしは良くても、日月さんは……」
困惑しながら雪男を見上げると、雪男は「問題ありませんよ」と答えた。親戚がいい加減お前も身を固めろと五月蠅いので、それさえ回避出来ればいいのだと言う。随分とあんまりな言い様ではあるが、それも気にならないほどに団員たちは動揺し、困惑していた。近くで喚いている梨々香が五月蠅いというのもあったのだが。
「……とはいえ唐突に恋人として過ごせと言われても難しいでしょうし……月末までは、お互いを知る期間としましょうか。劇場の契約期限も、その頃のようですから」
「それなら大丈夫そうじゃない? どう?」
小羽は紗夜と雪男を交互に見て、最後に雪男を真っ直ぐ見上げると、深々とお辞儀をした。
「あの、よろしく、お願いします」
「此方こそ」
舞台上から梨々香が「うわあ」と嘲笑めいた声をあげたのが聞こえたが、最早誰も相手にしてはいなかった。
ただ、兄弟のように過ごしてきた団員は心配を全面に張り付けた表情をしており、落ち着かない様子でいた。これではまるで、劇団のために妹を身売りに出したようなものだ。しかし自分以上に小羽に対して過保護な紗夜が推薦したということが、気になってもいた。
紗夜は社交界に顔が利く。ならば雪男も、見た目こそ異様だが、お伽噺で見る優しい鬼のような人物なのかも知れないと、そう思うことにした。でないと、罪悪感で胸が潰されそうだった。




