演技か否か
週末に公演を控えている団員たちは、仕上げに向けて通し稽古に力を入れていた。いまは二人の姉と継母がシンデレラに山のような家事を言い渡し、数日後に控えた舞踏会の話題に花を咲かせる場面だ。
「シンデレラ! なにグズグズしているんだい! 次は洗濯だよ!」
「本当、鈍くさい子。お母様もこんな役立たず、早く追い出してしまえばいいのに」
「いいじゃない、新しく召使いを雇うのも面倒だもの。あるものを使うほうが楽だわ」
心ない言葉に追い立てられながら、シンデレラは服がたくさん詰まった洗濯桶を抱えて舞台袖へ下がる。そのはずだったのだが。
「さっさと消えなさいよ!」
「きゃ……!」
桶を拾おうと屈んでいる姿勢のとき、梨々香に思い切り背中を蹴られ、小羽は桶を巻き込む形で転んでしまった。舞台袖や観客席で見守っていた団員たちがざわめき、傍で台本通りシンデレラをいじめていた継母ともう一人の姉役も顔を見合わせる。
だが中断の声があがる前に、小羽は桶を抱え直して袖へと駆けていった。そのとき、左手を庇うようにしていたことに、傍を通った紗夜だけが気付いていた。
どうにか稽古は順調に進み、シンデレラが硝子の靴を履いて王子に再会するシーンを終えると、団長が手を一つ叩いて終了を告げた。
団員を整列させ、団長が全員を見回してから話し始める。
「衣装の引き抜きもしっかり機能していたし、問題はなさそうだな。来週の保育園を招待して行う最終公演、気を抜かないように」
「はい!」
全員が声を揃えて解散となった。団長は、立ち退きに関する書類などを処理する作業のため先に帰ることとなり、団員たちもそれを見送って、それぞれ帰宅しようかというときだった。
「すみません。少々よろしいでしょうか……」
観客席から知らない男の声がして、団員が一斉に振り向いた。皆で声のしたほうへ視線をやり、何事かとざわめいている。
そこには、だぶついたスーツに身を包んだ長身の男が立っていた。しかも顔の上半分は長い髪で覆われており、背の高さを隠すためか妙に猫背で姿勢が悪い。不審者ではないかと囁く中、奇妙な男は卑屈そうな仕草で舞台を見上げた。
「いま、最終公演と聞こえたのですが……いったいどうされたんです?」
「え、ええ、実は、この建物のオーナーの意向でして……」
初対面の、しかも顔も良く見えない相手にどこまで話して良いものか一瞬逡巡したものの、この建物が取り壊されることは決定事項であり、今更隠し立てする必要もないと思い直し、颯汰は皆を代表して、男にオーナーがホテルに改装すると言い出したため建物を取り壊すこと、それに伴って月末には劇団を解散せざるを得ないことなどを悔しそうに話した。
「……それですが、私、止めることが出来ます」
「へ……?」
不審な風体の男から飛び出たとんでもない言葉に、颯汰は外面を取り繕うのも忘れて、間抜けな声を漏らしてしまった。他の団員たちも概ね似たような反応だが、梨々香は汚らわしいものを見るような、嫌悪感を露わにした目で男を見下している。




