これまでの話 -東 視点-
目の前の女性、鏡 真実さんは実に淡々とした人物だった。
手違いで人生を終わることになっても仕方ないと受け入れ、問題ありの異世界へ転生することも仕方ないと受け入れた。
そんな彼女がこんな経緯をたどることになったのにはこちら側の不手際でしかないのだが、初の試みにとランさまの意向で自分が同行を余儀なくされた。
上司の佐伯より新米の自分の方がいいとの判断だったのだろう。
許可なくお供に選ばれたが仕事なんて勝手に増えるものだから仕方ないと彼女に習い受け入れてしまった。
そんなことを思ったのがつい先日で気づけば黒猫になっていた。
「ばなー、どこー?」
「にー(はーい)」
「東さん、いましたね!」
庭の桜のような花が咲く樹木の枝で花見をしてるとやって来た彼女に笑顔が戻る。
飼い猫になり早1年気ままな生活も今日で終わりを告げた。
物心って1才ちょっとでつくものなんだーと二人でふむふむしてたら、彼女の家庭教師がやって来た。
彼女はブルーノ・コックス侯爵夫人。元々は市井の生まれだったがコックス公爵に見初められて結婚したとか。
自分の人生がプライドでブランドと思っている哀れな人だ。
「アレグラお嬢様、野良猫を無闇に抱いてはいけません。はしたない。"これだから子供は嫌いよ"」
「ブルーノ夫人、この子はバナと言いまして私が生まれた時に国王様から贈呈された猫なので野良ではございませんわ。それに、私の名前はアレクサでございます。」
1才にしては口が回りすぎてる気がするが、大丈夫なんだろうか?
「私の知識が足りないと?"小賢しい猿め、黙りなさい"」
「いえ、ブルーノ夫人のような美しく賢い方を他に存じ上げません。」
あれ、ほめるの?
「では、なぜ指摘を?"私をもっと誉めなさいよ"」
「正確に申し上げますが、ブルーノ夫人以外を家庭教師に招いておりませんので存じていないだけでございます。」
まったく可愛げのないお嬢さんだ。
根回しされていたのにも気づいたのか。
「な、なんてことを"私が根回ししてそうしてるのに"」
「この度、記念すべき100回目の間違いに至りまして指摘させていただいたまででごいます。」
はい、拍手って顔で見られても今猫だからね。
にーと返事だけしておく。
それにしてもこのお嬢さんはなかなか退屈しなさそうだな。
「な、"子供なのに数えていたというの?"」
「父には先生から、一言言っていただきたく存じます。」
「なんて?」
「あの子は私の手では負えません、別の適任者を。」
「わかったわ。"やはり子供ね、勉強がイヤなんだわ"」
あら、それを了承しちゃうの?
立場が悪くなるのに気づいてないのかな?
お嬢さん、勉強はできるからな。
数日後に夫人はお嬢さんが言うとおりに行動した。
つまり自分から簡単だと吹聴して回った子供の教育をできないと言わされたのだが、その事に夫人が気づいたのは彼女が神童とやばれる1年前今から2年後のことだった。
「バナか、なかなか趣味がいいわね。」
「にー?」
「バナジウムはギリシャ語で愛の女神だからね。」
くくく、と笑うが私は東 愛実だったから笑えない。
「あら、よかったわね。」
そう言って微笑むお嬢さんはきれいだった。