02(勇者日誌)
十一日目
最近マジで人の視線を感じる。
別に俺が気にしすぎてるわけじゃなくて、実際に俺を指差してコソコソ言ってる連中が増えた。
多分だけど悪口言われてる気がする。
そろそろ国を出ることも考えなくちゃ駄目かもな。
とはいえ一番近い街に行くには今住んでる、ルッカの国を出て北の方にある森を抜けにゃならんのよな。
そこに小さい街があるとか。
つーか狩りをしてて思うんだけど勇者なら何か特別なパワーとかないもんかね。
スペックがそこらの一般人と大差ないんだけど。
せめて魔法が使えれば良いんだが。
教会とかに行ったら教えてもらえるんかな?
……明日行ってみるか。
十二日目
【朗報】魔法が使えるようになった。
ヒールっていう回復魔法だ。
ポーションと同じくらいの効果があるっぽい。
使うと結構疲れるかわりに怪我が治る。
これでポーションを毎度一本ずつ買わなくて済むぜ……!
神官のおっちゃん曰く、魔法を使うには適性が大事らしい。
その上で、使える人間に師事をすることで覚えられるそうだ。
注意点としては魔法を使うには魔力が必要。
んで、魔力切れになるとぶっ倒れるとか。暫く経てば自然回復するが、戦闘中の魔力切れは避けろとのこと。
俺の感覚としては一日に使えるのは二回が良いとこだな。
宿屋で寝れば翌朝には全快するから、ヤバい時は出し惜しみしないようにしようと思う。
それと個人的に嬉しいことが一つ。
プチモンキーを一撃で倒せた。
なんていうか、急所に入ったというか。会心の手応えというか、そんな感じになる瞬間があるんだよな。
最近は戦闘も安定してるし、回復手段も得たから明日はもう少し森の奥まで行ってみるか。
一三日目
ヤバい、洒落にならん。
森の奥に行った時に紫色の蝶みたいな魔物が三匹出てきた。
んで、そいつらが何か放ったと思ったあと、次に目が覚めた時には死にかけてた。
多分眠らされたんだと思う。
地面に倒れてた状態で、全身の骨がいってた。
すんでのところでヒールを唱えて逃げ出したけど、今度は森の中で遭難した。
夜になると魔物が強くなる話を街で聞いたから今は息を潜めて夜明けを待ってるけど正直、恐怖でガタガタ震えてる。
森の中を歩き回っている間に小さな戦闘を繰り返したせいで、魔力は限界。ポーションも全部使い切っててマジで笑えない。
もし次に魔物と出会うことがあったら全部逃げるしかねー。
うまく逃げ切れることを祈るしかないな。
うおお死にたくねー!
一四日目
生き延びた……生き延びたぞ!
無事に朝を迎えた後に森を歩き回って、何とか森を抜けた。
戦闘は全部迷わず逃げて、何発か追撃を喰らったけど何とか生きて王都に帰ってきた。
血まみれだったから、入り口の兵士の人がめっちゃ引いてたわ。
そのまま宿に直行して風呂に入って飯を食べて、やっと生き伸びた実感が生まれた。
それと紫の蝶のことを宿屋のおっさんに聞いてみたらスリープフライというらしい。
奴らが放つ鱗粉を浴びると眠らされてしまうそうだ。
んで、眠ってる間にフルボッコと……リンチやんけ!
虫系の魔物だから、炎の魔法が使えれば燃やせるとかいってた。
宿屋のおっちゃんがちょうど使えるらしいので教えて貰った。
フレア、というらしい。
魔力がゴミカスしか残ってなかったけどちっこい炎弾が出たから、明日それをあのクソ蝶にぶち込んでやるつもりだ。
一五日目
また眠らされて死にかけた。
いや、うん。
森の中に入ってクソ蝶を探してたらすぐに見つけたのよ。
んで、俺はそのにっくき虫にフレアを放ったわけ。
そしたら勢い良く発射された炎弾が見事にあのクソ虫ことスリープフライを燃やし尽くしたわけだが、仲間が出てきやがった。
しかも三匹も。
……もう一匹にフレア撃ったとこまでは覚えてるんだけどな。
次に目が覚めたらまた地面に倒れてたわ。
案の定死にかけで身体がクソほど痛かった。
咄嗟にヒール掛けたら魔力がほぼ無くなるしよ。
慌てて逃げ帰る羽目になった。
今度は森の中で遭難するポカはやらかさんかったけどまた血塗れだ。
旅人の服、意外と洗うの大変なんだぞ。
最初は青かった服が徐々に血の色と混ざって紫色になってるのが隠せなくなってきてる。
……高いから買い換えないけど。
つか森の中走ってて思ったけどスリープフライ思ったよりも多い。
多分、森をねぐらにしてるんだろうけど数が多いのは厄介だ。
ここ数日でより一層周囲からの視線を感じるから隣町に移動したいけどあのクソ虫がいる限りそれも厳しい現状。
前に剣で切った感覚的には二発当てれば倒せるんだけどな、眠らされさえしなけりゃ何とかなるんだけど。
……そもそもどういうアルゴリズムで眠らされてるんだ?
鱗粉だから、吸ったらアウトってことだろうか?
それとも肌に当たったらアウト?
確かめようにもそれで死んだら馬鹿だしなぁ。
浴びないためにはやっぱ回避を集中するか? でも当たったら即死亡or死にかけを考えるとまともにやりあいたくない。
フレアも撃てるのは三発までだし、撃ちすぎたら回復に回せるリソースが無くなる。
やっぱりここは基本に立ち返って、多くても二匹までしか相手にしないことが大事か。
明日こそあのにっくき虫どもを駆除してやる!
一六日目
二匹以上を相手にしない戦法は有効っぽい。
何度か眠らされたけど、一、二匹の攻撃なら目が覚めた時に瀕死になってることもないしな。
それとフレアだと三発撃った後は撤退するしか無くなるから、今日は剣主体で戦った。
虫だけあって耐久力はあまりないようだ。
ゆーて二発は当てにゃならんがな。
ともあれ今日一日で八匹駆除した。
魔力も全部ヒールに回し、虎の子のポーションは使わないように取ってこれなのでそれなりに調子は良かったと思う。
そういえば今更だけど魔物って倒したら何で泡になって消えるんだろうな。
綺麗に死体が消えて、素材を落とすのは片付けなくて良いから楽だけど、ふつーの家畜を殺した時みたいに死体が残らんのが謎。
あ、そうそう。
今日の狩りで、五〇〇ソルまで金が貯まった。
やっと銅の剣と旅人の服+諸経費の支払いが終わったぜ。
ローンを完済したみたいでちょっと嬉しい。
あと最近体調が良い。
全く動かなかったニート時代と違って毎日動いてるからか、朝起きる時にスッキリ起きれる。
いつもなら昼までぼーっとして、気が付けば夜なんて当たり前だったが最近は朝からお目々ぱっちりだ。
ニートから真人間になっていくのを日々感じている。
……なんとなく悲しい。
一七日目
いつものように森に狩りに行ったら他の冒険者達と出会った。
構成は武闘家(女)、魔法使い(男)、僧侶(女)、盗賊(男)。
武闘家と盗賊が前衛で敵のヘイトを稼ぎつつ攻撃。
魔法使いが攻撃魔法を撃ち、僧侶が回復とバフをかける。
戦闘を見させて貰ったけど、チームワークというか複数人で戦うことで戦いを有利に進めてた。
なるほど、パーティーってあんな感じかと納得したわ。
まぁ、俺は魔王に挑む気ないから、パーティ作れないけどな。
イケメン勇者に紹介されたカルロスの酒場にも行ってみたけど、ありゃあ無理だ。
だって陽キャしかおらんもん。
所詮、俺はただの隠キャじゃけぇ……。
お礼に俺も戦闘を見せた。
相手はスリープフライ一体と、プチモンキー二匹。
普段なら逃げるけど、他の冒険者も居るし挑んだ。
うん、個人的には中々上手くいったと思う。
害悪のスリープフライを開幕ぶっ殺し、プチモンキーの攻撃を避けつつ各個撃破。
正直かなり理想ムーブだけど、反応は悪かった。
武闘家ちゃんに、
「あの、あなたはいつもこんなことを……?」
って言われた。
なんだよう、殺し方でも悪かったか?
でも、そう思われてもしゃーない。
だって、我流だしな。
武闘家とかだとちゃんとした道場に通って、型を習ってるだろうからおかしいと思うかもしれんけど、俺は戦い方なんぞ知らんのだ。
それから暫くしてそのパーティとは別れたけど、連携とか色々勉強になったわ。
……使い道ねーけどな。
十八日目
昨日もそうだったけど、今日も他の冒険者を見かけた。
森の魔物は金稼ぎとして美味しいからな。
狩り場を奪われるのはシャクだが、相手は陽キャ。
対し、俺は孤高の狩人。
故にスルー安定っすわ。
つーわけで、今日は森の奥まで狩りに行くことに。
奥に行くほど魔物の数が増えるから嫌なんだよな。
まぁ、今日を生きるには金がいる。
手入れをしているとはいえ、銅の剣の耐久力もそろそろ心許なくなってくるこの頃。
しっかり稼いで新しい剣を買っても痛くないくらいには稼がねば。
そんなわけでモンスターハンティングである。
書いてなかったけど、最近は新しい魔物とも出会うことが多い。
でかい紫の幼虫の魔物とか、サナギの魔物とか。
多分、スリープフライの幼少期だろう。
他の冒険者が「ムラサキイモムシ」とか「ムラサキサナギ」とか言ってるのを聞いた。
ま、スリープフライに比べたらこいつらは雑魚だ。
強いていうなら糸を飛ばしてきて、当たってしまうと動きづらくなるくらいか。
めちゃ大量の糸をぶつけられたら動かなくなるかもしれんが、ちょっと邪魔程度だし、最悪フレアで燃やせるからな。
結果ムラサキイモムシを十〇匹、ムラサキサナギを六匹倒した。
一日で売上が五〇ソル超えたのは初だ。
やったぜ!
十九日目
街中でも森のことが噂になっている。
何でも、森の中で行方不明になった冒険者がどーとか。
その話を聞いて俺はすぐにピーンときたね。
これは罠だ。
森の中の魔物は換金率が良いのは知っての通り、そんな中で森の中で行方不明の冒険者が出たなんて噂を流すってことは、人々に森に来ないで欲しい人間がいるわけだからな!
つまりは、森を狩場にしたいクソ冒険者達の罠!
というわけでいつも通り森へ狩りに行った。
……結論から言うと、行ったのは馬鹿だった。
最近そうなんだが、森に糸が張り付いてる率が上がってたのよ。
ムラサキイモムシとかムラサキサナギのせいだろーな、とか思ってたけど、違ったわ。
森の中にやべーのがいた。
普通サイズの三倍はありそうな、クソでかいサナギだ。
その周囲には糸で縛り上げられたのか身動きの取れなくなったらしい冒険者が七人くらいぶら下がってた。
まだ皆生きてるっぽかったけど、完全に糸で縛られて動けないみたいだった。
スリープフライが一〇匹近く飛んでたから、動けてもすぐ眠らされただろうけどな。
しかもだ、驚いたことにその中にはこの前会った冒険者達も居た。
見捨てようと思ったけど、後ろからこの前の武闘家の子に声を掛けられた。
超びびった。いやマジで漏らすかと思うくらいびびった。
「……助けるつもり、ですよね。分かりました」
しかも知らない間に話が進んでるし。
彼女曰く、陽動をすれば助けられる算段があるらしく、スリープフライの気を引いてくださいとか無茶振りされた。
……マジで言ってる? スリープフライ一〇匹くらい居るよ? と思ったがグッと呑み込んだ。
流石に自分より年下の女の子に言うにはダサすぎる。
「では、お願いします」
そんな自分自身のプライドと戦ってる間に武闘家の子が行ってしまった。
こっち睨んでて怖い。
やらざるを得ない空気なので仕方なく陽動をやることにした。
具体的にはデカいサナギにフレアを撃って魔物の視線を誘導した隙に、一気に捕まってるやつを助ける作戦だ。
撃ってみたら案の定スリープフライどもは火を消すほうに夢中になった。
その隙に武闘家の子が素早い身のこなしで糸を粉砕してた。
足も速いし、手刀一発で糸引きちぎってるのヤバすぎん?
スリープフライも流石に気付いたがもう遅い。
自由に動ける冒険者が増えたことで、数の差は埋められたからな。
実際全てを倒すまでそんなにかからんかった。
で、問題はデカいサナギの方だった。
なんか冒険者の人曰く「ジャイアントフライ」という上位種の魔物のサナギらしい。
こいつが居るとスリープフライや、その幼虫、サナギが森の中で活発化するとか。
捕まってた経緯を聞いたら、まだ幼虫だったこいつを仕留めに来て、想定を遥かに上回るスリープフライに襲われ、眠らされたのだという。
冒険者の人曰く、とりあえずこのサナギはこちらで観察するから、帰って良いよとのことなのでお言葉に甘えて帰った。
王国にはこの前会った冒険者達が報告してくれるそうだ。
「……ありがとうございます」って武闘家の子が感謝してくれた。
出来れば言葉だけじゃなく金をくれたら嬉しかったけど、まぁ無事に済んで良かった。
……しばらくはこんな死ぬ思いはしたくねーな。
二〇日目
国王に呼び出された。
用件を聞いたらジャイアントフライを倒せと言われた。
俺に死ねと言うか。
聞いてみたら冒険者達と共に戦って欲しいとのことだが、無茶言うなし。
とゆーわけで夜逃げする! 俺は隣の街まで逃げるぞぉっ!
さよなら王都ルッカ!
そう思って街を出たところで他の冒険者に見つかった。
哀れ、俺は連れ戻された上に冒険者達の群れに強制連行された。
その中には昨日の武闘家の子も居た。
「やっぱり貴方も志願したんですね」
とか言ってたけど、俺は志願してねーぞ。
んで、話を聞いてみたら明日討伐をするらしい。
今日は作戦の説明と、連携確認が主な目的だった。
作戦としては炎系魔法を一斉に放ち、燃やす。
前衛職は魔法使いや僧侶を守るのが主で、本命のジャイアントフライ以外の雑魚の討伐などが主な仕事だとか。
んで、俺の仕事は前衛だった。
逃げようと思ったけど、ペアを組まされた。
しかも相手は例の武闘家の子だ。
昨日のことを思い出すとこの子めっちゃ素早いんよね。逃げても見つかる未来しか見えん。
……仕方ない、腹はくくった。
何事も起こらず討伐出来ることを祈って今日は寝よう。
おやすみ。