ダイヤモンドハンティング杯、開幕
5月6日、水曜日。
世間一般からすればゴールデンウィーク最終日である今日は、秀麗樹学園からすれば更に特別さを増す日だ。特に……新入生にとっては。
今日この日に、遂に始まる。秀麗樹学園でも指折りの一大イベント──ダイヤモンドハンティング杯が。
今更だが、秀麗樹学園は将来芸能界で輝くスターを育成する為の学校だ。当然、入学してくる生徒のほとんどは芸能界入りを志す者であり、既に芸能事務所やプロダクションに入っている者も多い。
しかし、中には事務所にまだ無所属の生徒もいる。ダイヤモンドハンティング杯は、そんな生徒にとっては絶好のアピールの場だ。
"ダイヤモンドの原石"が多く見つかるので、各事務所がこぞってスカウトを送り込み、パフォーマンスに目を光らせているのもよく見られる光景だ。
「おーおー、今年も凄い盛り上がりだな」
パフォーマンス会場となった第1運動場は、これを見に来た観客と将来有望な原石を見つけるべく押し寄せたスカウトによって埋め尽くされている。
まるで特訓で使用した際に家族連れで賑わっていた自然公園にも負けない熱気と人口密度。
その中で……俺はサングラスをつけながら率直な感想を漏らしていた。サングラスをつけているのは念の為の保険だ。"日本一のアイドル"としてのオーラは0にしているものの、どこから身バレするかは分からないからな。
「今は10時26分……あと5時間以上もあるな」
ステージで何やらシャウトしまくっている下手くそなバンドの演奏を聞きつつ、俺は抜け目なく今後の予定を確認する。
ダイヤモンドハンティング杯はバンド部門、演技部門、歌部門、ダンス部門、フリースタイル部門、そして歌とダンスの混合型のアイドル部門、がそれぞれある。
部門ごとに各運動場にて開催される場所が異なるが、エデンとエルミカが出場するのはもちろんアイドル部門だ。
各部門ではそれぞれ1から10位までを学校側で決め、全ての部門が終わった夕方頃に発表となる。学校側で1位から10位を決めただけでどうなるということはないが、各事務所のスカウトからすればほぼ確実に1位からスカウトしていく。
よって、順位は上である方が良い。後の学校生活においても尊敬の念を持たれることも間違いないし。
「……まぁ、今回のアイドル部門……1位は清蘭かエデンとエルミカのどちらかになるだろうな」
予感、いや確信を持って俺は呟く。
他にアイドル部門でパフォーマンスをする生徒の中に匹敵する実力者がいないとも言えないが、その可能性はほぼないだろう。
今のエデンとエルミカは、プロ顔負けのパフォーマンスが出来るくらいには成長した。そして……清蘭に至っては本当に予測不可能だ。
「あいつの性格上、真面目に練習することなんてないと思ってたんだけどな……」
俺の中で清蘭の常識が変わったのは、2月に行われた【第1回UMフラッピングコンテスト】で歌声を聞いた時だ。
あの時、あいつの歌声は着実に、まともな、練習を積み重ねて来て出せる代物へと昇華していた。超弱小事務所とされていた881プロにそんな質の良い練習が出来る環境が整ってたのも驚きだったが……何よりも、清蘭が練習を嫌がらずにちゃんとやり切ったことが一番衝撃だった。
「あぁいう手合いが一番怖いんだ。既に自信満々だった奴が。さらに実力をつけるってのが」
誰に諭す訳でもなく、俺は自分にそう言い聞かせる。
油断は微塵もした覚えはない。2人には出来る限りの指導を行い、教えを授けた。
だが……それでも。全力を尽くしたとしても、超えられない壁になり得るかもしれない。あの甘粕清蘭という存在は──。
「……いけないな。俺が弱気になってどうする。早く2人と合流しないとな」
気持ちを切り替えると、俺はやかましいだけの歌声を放つバンドの騒音を後にする。頑張れよお前ら。
第一会場から移動して向かったのは、アイドル部門のパフォーマンスを行う第6会場……ではなく、2人と多くの時間を過ごしたいつもの場所だった。
「よーっす、おはよう2人共」
「あ、おはようございます」「あっ、おはようございますデス!」
秀麗樹学園の森林エリア。
今日も今日とて風が草木を揺らす音だけが聞こえる閑静な場所に、エデンとエルミカの姿はあった。
2人は共にいつものようにストレッチを入念に行っていたが……いつも通りではない部分もあって。
「おぉ、よく似合ってんな。2人共」
俺は率直な感想と共に、そこに触れた。2人の今日の──衣装について。
エデンはもちろん今日も男装チックなものだ。髪色と同じようなコートタイプの軍服のようなものを着ているが、エデンの元々のスタイルの良さもありそんじょそこらの男が着るよりも似合っている。
深紅の軍帽は髪の毛を隠す役割もあってちょうど良さそうだ。
「エデンは凛々しさの中に女性らしい気品も感じられる、服を見事に着こなしてるな」
「あ……いや……そんな……」
「謙遜するなって。俺が見た限りじゃお前以上に似合う奴はいないぞ」
「あ、ありがとうございます……」
素直に褒めると、何故か帽子を目深に被ってエデンは俯いてしまった。……今の褒め方は気に食わなかったのか? 女心は難しいもんだな全く。
反省を活かしつつ、エルミカの方を改めて見る。にこやかに笑ってくれて朝からマジ天使最高!
エルミカは清涼感漂う水色と白を中心にしたスカートタイプのノースリーブ型衣装だ。
背中には天使の羽が生やしてあってあざといが、それが許される可愛い容姿を持つエルミカだからこそ着こなせるものだな。
「エルミカも筆舌に尽くしがたいくらい似合ってるな。素晴らしいぞ」
「あ……え……」
「いや本当に本当。空から天使が落っこちて来たのかと思ったよ」
「…………」
あ、あるぇ〜? おかしいな……2人共黙り込んでしまったぞ……?
俺ひょっとして女の人を褒めるセンスない? うごごご……普段はあんなにキャーキャーファンを湧かせてるのに……所詮''日本一のアイドル''じゃない俺はただの一般男子か。クソッタレー!!
「じゃ、邪魔して悪かったな。ともかく似合ってるから今日のパフォーマンスは自信持ってくれ、じゃっ!」
俺は俯いて黙り込んだ2人にそう告げると、逃げるようにして後にした。
もちろん2人の最終調整には付き合うけど、その前にすべきことがある。
それは……敵の事前状態を調べることだ。
「……さて、ラスボス前哨戦だ」
俺は気持ちを固めると──直接話をすべく、清蘭に会いに行った。




