エデンとエルミカの……
……なんだ。暖かい……?
あぁ。そっか。最終日の特訓が終わったんだったな……。
エデンとエルミカのリハーサルを見届けた後に……俺は帰って自分のベッドですやすやタイムになったんだっけか……。
「すぅ……すぅ……」
あぁそうだな。自分の寝息が聞こえてくるな。疲れのあまりイビキをかいてるかと思ったが、案外可愛いくて逆に驚いたが……。
しかし、いよいよ明日なんだな。清蘭との決戦も。清蘭だけじゃなく、他にもまだ見ぬ強敵がいるかもしれないし、起きたら改めて2人に気を引き締めるように伝えておくか。
にしても……ほんの1ヶ月前、エデンとエルミカを初めて見た時にはまさかこうなるだなんて思いもしなかった。
「すぅ……すぅ……」
4傑に加え、さらには学園の頂点に立つ清蘭までもを倒すと宣言した2人を見た時は、まぁ精々頑張ってくれぐらいにしか思わなかったし、関わる気もなかった。
が……今となっては、2人に手取り足取り教える師匠になっているなんて、一月前の俺に言っても絶対に信じないだろう。
ははっ、この1ヶ月間で言えば、高校生活で初めて"ガチ陰キャ"よりも確実に"日本一のアイドル"としての期間の方が長かっただろうな。
「すぅ……むにゃむにゃ……」
むにゃむにゃってまるで子どもだな……まぁ自分の寝息に突っ込むのもどうかと思うが。
ともかく、2人の師匠としての期間は長いようで短かった。最初は"自分の学園生活の安寧を早く取り戻す為"だったのに、今はもう"2人を清蘭に勝たせる"に変わっちまったし、すっかりと熱が入っちまったもんだ。
誰かを育成し、実際にそれが結果に結びついているのを見ると自分が成長するよりも楽しいもんなんだな……。支倉さんが厳しい指導をするのも分かった気がする。
まぁあの人の場合は厳しいというかコスパ度外視の脳筋育成だけれども。
「むにゃむにゃ……もう食べれない……」
おいおいおい、そんな漫画みたいな寝言があるかよ俺……。
それは置いといて、エデンとエルミカは本当に逞しく成長してくれた。入学式の言葉が嘘で、夢で、空想で、誇張で、絵空事では終わらない。そんな高みまで、今の2人は辿り着いている。
それはきっと、2人も感じ取っているのかもしれない。明日は、その"予感"を"実感"に変えるだけだ。2人共頑張れ……! 俺も応援するからな……!
「むにゃむにゃ……お姉ちゃんまたおっぱい大きくなってる……」
オイオイオイ、俺変態過ぎねえか?
さっきからちょこちょこ聞こえてくる寝言は無邪気な子どもみたいなことだったからまだマシだが、今のはどう考えてもただのエロガキじゃねえか……。
寝言ということは、今の俺は夢を見ているということだ。夢とは願望の表れ、とは聞くが……まさか俺は心のどこかでお姉ちゃんが欲しかったのか? そして、お姉ちゃんのおっぱいを弟の特権を利用してジロジロ見まくる……あるいは触る、そんなエロガキ極まりないクズになりたかったのだろうか?
い、いや違う。俺は"日本一のアイドル"である九頭竜倫人だ。名前に"クズ"の二文字が入っていようが、言葉通りの意味の"クズ"なんかじゃない……。
俺は高潔な精神の持ち主だからな。うん、そう信じよう。
「むにゃ……お姉ちゃんおっぱい触らせてぇ~……」
「それは駄目だぁぁああぁあああぁあああああっっ……あれっ?」
夢の世界だからと好き放題しまくりそうになった俺を、俺は急いで止めるべく叫んだ──ところで、猛烈な違和感に襲われた。
何故、俺自身の寝言に俺がツッコミを入れてるんだ? そもそもどうして、自分の意識が明確にあるのに、俺は俺の寝言を聞けていたんだ……?
「おはようございます、師匠」
俺の疑問を解決してくれたのは、耳に飛び込んで来た別の誰かの声で。
「……えっ……!?」
声の方を見て、俺は驚きを禁じ得なかった。
そこにいたのが……先ほど回想に出て来ていた人物──エデンだったからだ。
「ふふ、驚きましたよ。急に大声を出して起きられましたから……」
「あ、あぁ……ごめん。ってか、どうしてエデンが俺の部屋に……?」
「え? ふふっ、何を仰ってるんですか? ここは、私達の家ですよ」
「私達の……?」
口をぽかんと開けたまま、エデンが言ったことを確かめるべく俺は周囲を見渡す。
暗闇にいるエデンの姿をはっきりと浮かび上がらせる火の灯った暖炉。
高級家具屋に売っていそうな格調高そうな家具の数々。
床を見ればふかふかの高級羽毛カーペットで埋め尽くされていて。
そして……俺の隣には、羽毛布団にくるまれてすやすやと気持ち良さそうに眠るエルミカの姿があった。
「えっ……ええっ……!?」
俺は自分の見たものを二度見した。
最低限の生活用品しか揃っていない俺の部屋じゃない。この見たことのない内装は……もう信じるしかない。エデンとエルミカの家だということを。
しかし、これで色々と合点がいったな。先ほどから聞こえていた寝言は、全部エルミカのものだったんだな。
俺にしてはやたらと声が可愛いと思ったし、そりゃ「お姉ちゃんのおっぱい触りたい」なんて俺が言いそうにないこと言う訳だ。……願望でも言わないよな俺?
それにしても清蘭以外の女の子の家に来ることになるとは……しかも夜だぞ夜。
まぁ最近はお風呂上がりのシロさんの家にも突撃したこともあるし、変な気を起こす俺でもないだろう。当たり前だ、俺は"日本一のアイドル"九頭竜倫人。鋼の精神を超えて仏の精神力すらも持つ男──
「ヴォオオオオオォォオッ!!?」
「どうしたのですか?」
俺が奇声を発してしまったのは、シロさんを彷彿とさせる純白のバスローブにエデンが身を包んでしまっていたからだった。
いやいや金持ちってお風呂上がりはバスローブでなきゃいけないルールでもあんの!? ドレスコードなんですかね!?
先ほどは寝惚けてしまっていたからかよく見えなかったエデンの姿も目が覚めてしまったせいで、それはもう素っっっ晴らしい肢体が拝めておりますぜ、えぇ! シロさんには劣るが立派な大きさを誇り形も最高レベルの胸ッ、そりゃあエルミカも触りたくなるよな!
スラっとした手足は英国人の血を思い出させる美しさを放ち、普段は男装の為にかき上げて束ねている赤髪も自宅なら真っ直ぐに下ろしていて、もう女の中の女じゃねえか!! イッツソークール!
ま、マズい……一度エルミカでも見て落ち着かねば。あのマジ天使の寝顔を見て何とか平静を──
「ヴァアアアァアアァアアアッ!!」
「どうしたのですか?」
俺が目の当たりにしてしまったのは、寝返りをして布団が少しめくれて……見えて来た一糸纏わぬエルミカの姿であった。
天使はよく白い布一枚だけを羽織った姿でかかれるが、まさか何も来ていないとは。まさにカルチャーショック! イギリスでは夜寝る時に全裸なのは普通なのか?
ともかくヤバい、こんなん平静になれるかぁぁぁ!! 誰か俺をこの天国から助けるか、いっそのこと……
「俺を地獄に叩き落としてくれぇええええぇええぇぇぇえええっっっ!!」
「師匠!?」
俺は絶叫し、エデンは驚愕し、エルミカは爆睡する。
3人の夜は、こうして始まったのだった。……変な意味じゃないからな!




