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確かな成長、忍び寄る不穏


「うおおおおおおおおおおおおっ!」


「やぁあああぁあああああああっ!」


 必死の剣幕で叫び、喰らいつく2人。

 既に空は紅に染まりつつあり、家族連れで賑わっていた自然公園も人気がなくなりつつある中、対照的に2人のやる気は燃え上がっていた。


「っ……!」


 何せ……あと少しで俺を捕まえられそうになっているからだ。

 "アルティメットシカゴフットワーク"を駆使した鬼ごっこという一風変わった特訓を開始してから、今この時が一番俺は追いこまれていた。

 芝生だろうが森の中だろうがアスレチックの中だろうが、2人の姿が視界から途切れたことはない。時折どちらかが消えることもあったが、それは敢えて(・・・)のことだった。


「……!」


 今も周囲の確認の為に目を離し振り返った瞬間、エルミカの姿がなくなっていた。森の中らしく、周囲には木しかない。となれば──


「今デスっ!!」


 当然、エルミカは木陰から俺をタッチするタイミングを伺っていただろう。

 しかし危なかった……あと少しで指が身体に当たる所だった。掛け声と共に咄嗟に身体を滑らせながら器用に上半身を反らしていなかったら触られていただろう。

 このような連携も見事だ。全力で追いかけ続けているので話す余裕などもなく……であれば、このようなコンビネーションは完全な即興なのだろう。

 2人の絆の深さだからこそ為せる以心伝心は見事と言う他にないが……。


「それでも、まだ俺は捉えられないだろうがな!」


 少し子どもっぽく笑みを浮かべると、バランスを整えて俺は再び逃げ出す──


「そこだあぁああぁっ!!」


「っ──!?」


 しかし、そこで思わぬ行動をエデンが取った。

 もちろん今この時も警戒は怠っていない。エルミカの奇襲を紙一重で躱しつつ、俺はしっかりと視界の端にエデンの姿も捉えていた。

 この速さであれば追いつかれることはない……そう思っていたが、エデンの行動(それ)は完全に俺の予想外だった。

 エデンの繰り出した……タックルは。


「はぁああぁあああああっ!」


 瞬間、俺の目には全てがスローモーションに映った。

 完全に身体を投げ出して、両腕を目一杯に俺に伸ばすエデン。その表情は鬼気迫るものがあり、これを逃せば次はないという覚悟に満ち溢れていた。

 映像はスローながら、その中で俺だけが素早く動ける……なんてことはない。俺はまだバランスを立て直している最中だ。

 先ほどのはエデンが走り続けることを前提にした避け方だったので、どう足掻いても間に合わない。


「……!」


 その時、俺はようやく気がついて目を見開いた。どうやら2人の作戦は、エルミカの奇襲の時から始まっていたようだ。

 エルミカが不意を突く場所までエデンが俺を誘導し。エルミカが成功すればそれで良し。しかし成功しなかった場合でも、俺のバランスを大きく乱すことが出来ていれば、エデンが一気に距離と詰めるべくそれまでにしたことのないタックルを仕掛ける……。


「……見事だ」


 完敗だった。

 2人の連携、いや絆の深さに賞賛を送りながら俺は為す術もなくエデンのタックルを受けて。

 その瞬間、俺の顔を何か柔らかいものが包み込んだのだった。



「やった……やりました! 師匠を捕まえましたー!!」


「やったーーーっ!! お姉ちゃん、やったねーーーっ!!」


「エルミカやったね!」


 俺を捕らえることに成功した2人は抱き合って喜んだでいた。エデンもエルミカも、どちらも弾けんばかりの笑顔で。

 良かった良かった……。エデンの柔らかく大きな何か(確実におっぱい)が離れ、ようやく呼吸が出来るようになった俺は2人の喜びようを微笑ましく見守っていた。おっぱいの感触さっさと忘れろ脳よ。


「ようやく捕まえられたねっ! メッチャ嬉しー!」


「うん! 私達遂にやったんだね……!」


「ははは、気持ちいいくらいの喜んでいるところ悪いんだが……退いてくれるか?」


 そう言うとハッとした顔でエデンは「申し訳ございません!」とすぐさま俺の上からどいていた。

 謝らなければならないのはこっちの方……いや忘れよう。

 あまり思い出すと危険だあの感触は。また''アルカイックスマイルモード''を発動しないといけない。エデンも気づいていないようだからこのまま流そう。


「よくやったな2人とも。遂に俺を捕まえられるようになるなんてな……。凄いぞ」


「「えへへ……」」


「だが、これは鬼ごっこだ。ということは、後は分かるな?」


「もちろんです! 今度は師匠が鬼ですね!」


「鬼よりも逃げる方が得意なので、師匠は頑張って追いかけて来て下さいデスよー!」


「ふはは、言うじゃないか……。なら10秒後に追いかけるとしよう。それじゃよーい……ドン!」


 俺の合図を聞くや否や、エデンとエルミカはこれまでの疲労を感じさせない逃げっぷりを早速披露していて。

 まるで幼い頃に戻ったかのように、無邪気な笑みすらも見せていたのだった。




「はぁ……はぁ……もう……無理だ……」


 すっかりと日も暮れて夜空に星が煌めく中で、俺は仰向けに倒れてそれらを見上げて。そして、呼吸に必死になっていた。

 鬼ごっこの鬼側となり、2人を追いかけ回した俺。しかし……全く追いつけなかった。逃げる側となったエデンとエルミカは、鬼側だった時よりも遥かに強敵だった。

 なお俺がへたりこんでいることなど2人は全く知らず、今もこの広大な自然公園のどこかを無邪気に駆け回っている。どれだけ元気なんだ……若いってのは恐ろしいな。


「……はぁ……逃げる側が好きだってのもあるだろうが……はぁ……何より楽しそうだったな……はぁ……」


 目を閉じれば浮かんでくるのは俺から逃げる2人の顔。どちらも心の底から逃げるのを楽しんでいた。

 疲れがありつつもそれ以上に、楽しいという感情が表情を満たしていたのがはっきりと分かり、無性に俺も楽しんでたなぁ……──


「……ひょっとして……コレ(・・)か……? 清蘭(きよら)に勝つのに必要なのは……?」


 星の煌びやかさ、ではなく俺は自らの閃きによって瞳を輝かせた。ガバッと身体を起こし、改めて2人のことを思い浮かべる。

 絆の強さ。技術の高さ。そして清蘭に勝つ為のラストピースが……揃いつつある。

 2人がもしもあの笑顔を意識していないのであれば、早めに教えてあげなければならない。清蘭の専売特許かもしれないが、敢えてその分野で勝負していこう。大丈夫、2人なら……って。


「寝てちゃいられねえな。早く2人を探して──」


 夜の闇が、急に深くなった。俺が立ち上がろうとした瞬間だった。


「っ……」


 足に力が入らずバランスを崩し、俺はそのまま再び芝生に身体を預ける形となる。

 暗く染まる視界は突如明滅しだし、忙しなく星が瞬いては消えていく。

 ど、どうなってんだ一体……? 俺の身体に何が起こってんだ……? おいおい、空気読めって。今はぶっ倒れてる場合じゃねえんだよ、2人に伝えないといけないんだよ! だから──


「師匠! ここにいましたか!」


「探したデスよー師匠!」


 と、耳に飛び込んできた2人の声に俺はハッとすると、世界も在るべき姿に戻っていた。夜空には綺麗な星々が浮かんでおり、どれも消えることなどなく。

 そして、正面に顔を向けると2人のキョトンとした顔が飛び込んできていた。


「エデン……エルミカ……」


「鬼ごっこ、逃げ切りましたから俺達は''アルティメットシカゴフットワーク''も合格ですか?」


「デスよね!?」


「あ、あぁ……もちろんだ。良くやったな2人共」


「やったーーーっ!!」


「やったデスーーっ!」


 俺の言葉を素直に喜び、満面の笑みを見せ合うエデンとエルミカ。

 ……悪いな、2人共。

 この後のご褒美のマッサージ……もしかしたら俺は出来ないかもしれない。

 なんて伝えることは出来ず、俺は夜空の星の輝きにも負けない2人の笑顔を複雑な気持ちで見つめ続けていたのだった。

 


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