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881プロの面々と音唯瑠の心配


 都内某所にあるレンタル制ダンススタジオ【テレプシコーラ】

 全室防音冷暖房完備、備え付けの自販機はもちろん軽食を食べることの出来る食堂もあり、学生はもちろんプロのダンサーやアイドルも来るという有名な店である。

 プロの場合はさらにグレードの高いプロ専用の部屋などもある。使用料もかなり高いが軽く100人は入れるスペースにマッサージ機に果ては風呂付きなど、至れり尽くせりな仕様になっている。本日、これを利用しているのは1組だけだ。

 が、予約を受けた店員からしてみれば疑問符が頭の上に浮かびまくっていた。彼女達(・・・)を部屋に通しても、納得出来ていない。


 その理由は……彼女達は名のあるプロダンサーでもアイドルグループなどでもなく──881(ヤバイ)プロという、聞いたことすらない弱小事務所に所属していたからだった。



「ワンツースリーフォー……フィニッシュ! ……よし、完璧だよ皆!」


「よっしゃー!! 流石あたしってば天才ね! いや、最早鬼才って言ってくれても良いよ」


「あ、あはは……そうだね。凄いよ甘粕さん。鬼才だよ」


 苦笑いを浮かべつつ、881(ヤバイ)プロの社長兼ダンスレッスンのコーチの矢場井やばい雄和太おわたはとりあえず清蘭を褒めた。

 ご褒美を待つ犬のように目を爛々と輝かせていた清蘭は「当然でしょっ!」と今日も変わらぬドヤ顔を決めていたのだった。


「あの、社長。私、変な所はありませんでしたか……?」


「あぁ大丈夫だったよ能登鷹のとたかさん。ダンス経験なかったのに、始めて1ヶ月弱でこれだけ踊れたら凄いよ!」


「そうですか……良かったです」


 清蘭と対照的な謙虚さを見せると共に、矢場井の言葉に音唯瑠ねいるも笑みを零す。

 汗の光と共に輝く音唯瑠ねいるの素敵な笑顔に矢場井が見惚れていると。


「ね~雄和太くーん」


「ひょおぁっ!?」


「あー驚かせちゃってごめんね~。ボクはどうだった~?」


「おっ、白千代しらちよお嬢様っ!? そ、それはもちろん大丈夫でございました! パーペキでございますが故に!」


「そっかそか~。安心した~。ってか、そんなに緊張しなくて良いよ~っ」


 背後からマイペースに語りかけ、のほほんとした雰囲気を放ちつつ満足げな表情を見せる白千代。

 緊張するなと言われても、ほぼ死にかけだった881プロの財政状況を劇的に改善してくれたのは白千代本人なので、一生頭は上がらないと矢場井は確信していたのだった。

 なお顔は上げないと自慢の胸が視界にどう足掻いても飛び込んでくるので上げざるを得ないが。


「ええっと……とりあえず今日のレッスンは終了です。皆様お疲れ様でした。では、僕は事務所に戻って雑務をしてきますので、居残り練習などしたい方はどうぞしてください。では失礼します」


 そう言うと雄和太は一礼して部屋を後にする。扉の向こうから声色の異なる「お疲れ様でした」が聞こえた。


「……本当に、イケるかもしれない……」


 帰路の途中で、ふと矢場井はそう呟いた。

 それぞれ方向性が違いつつ、強烈な個性を持つ3人に恵まれた881(ヤバイ)プロ。残り2人……甘粕あまかす清蘭きよら能登鷹のとたか音唯瑠ねいる大山田おおやまだ白千代しらちよの3人に匹敵する強い個性を持っている誰かが来てくれたなら──デビューは近い。


「ふっふっふ……はーっはっはっはっはっはっはっは!! あはは、あはは、あははははぁ!!」


 その晩、都心には男の不気味な高笑いが響いたそうだが、それはまた別の話。




「よしとーっ! お風呂入ってこよーっと!」


「あ、待って下さい清蘭さん」


 音唯瑠の呼びかけに、清蘭は振り返る。

 すっかりとお風呂に行く気分だったので、手短に済ませて欲しい気持ちから「何?」と少し不機嫌気味に返してしまうが、音唯瑠は引き下がることなく口を開いた。


「もうそろそろですよね。エクスカリスさん達との対決」


「あーそれか。そうだね。確かゴールデンウィーク最終日のあれだよね」


「あれ~? あれって何~?」


「5月6日に秀麗樹しゅうれいじゅ学園では【ダイヤモンドハンティングカップ】という、学園内の新人大会があるんです。入学してまだ所属事務所の決まっていない1年生をターゲットに開催されるんですけど、清蘭さんは新入生筆頭のエクスカリスさんっていう双子の兄妹と対決することになったんです」


「へぇ~でも1年生の子が対象なら、3年生の清蘭ちゃんは出られないんじゃないの~?」


「ふっふーん! ところがどっこいそうじゃないんですよシロさん! 特別に出れるように掛けあって、学園長からも許可もらったんだー! あたし生徒会長だし!」


「わぁ~ぐうの音も出ないくらい職権濫用~。まぁ面白そうだよね~清蘭ちゃんとエクスカリバーちゃん達の対決~ボクも見に行こうかな~」


「そんな聖剣みたいな名前じゃなくて、エクスカリスさん達ですよ……」


「それで~何で清蘭ちゃんを呼び止めたの~?」


「あ、そうでした。ふと思ったんだけなんですけど、居残り練習とかしなくても大丈夫なのかなって……」


「なーんだそういうことだったんだ音唯瑠。大丈夫大丈夫! あたしが負けるはずないし! あたしは天才、いや鬼才なんだから! 前の対決でも圧勝したし! ほら、これにも書いてあるじゃん!」


「わぁ~凄い~。普通に発行されてる新聞と遜色ないクオリティ~」


「でしょでしょ? 写真でもあたしってメッチャ可愛いわ!」


(……駄目だ。もっと別の言い方で伝えないと清蘭さんは動かないなぁ……)


 先日の秀麗樹学園新聞部が取り上げた清蘭の記事で盛り上がる2人を他所に、音唯瑠は頭を悩ませる。

 清蘭の類まれなる実力や才能は知っているし、人知れず繰り広げられた前の対決でもエクスカリス兄妹を相手に完全勝利を収めたことも自分どころか周知の事実だった。

 

(でも……何だか嫌な予感がする。あの2人は、まだ底を見せていないような気がする……)


 実際に対決を見た訳でもないし、2人のことは学内で時たま見かけるだけだった。そんな自分がこのように思えてならないのは場違いな気さえもした。

 でも……そうだとしても──。


「清蘭さん、自信と慢心は紙一重です。私も付き合いますから居残り練習をしましょう」


 同じ事務所の仲間として。

 1人のただの友達として。

 音唯瑠は自らの胸に渦巻く嫌な予感に逆らわず、清蘭にそう告げていた。これまでは見せたことのない真剣な眼差しを向けて。


「えーもう今日は疲れたってばー」


「ゴールデンウィークが終わるまでの辛抱です。私が支えますから、一緒に頑張りましょう?」


「やだー! あたしは休むったら休むのー!」


「あっ……」


 が、想いは届かず。

 清蘭は我儘を言う子どものように手足をジタバタと暴れさせるとそのまま走り去ってしまった。片手にはしっかりとタオルやアヒルのおもちゃを握り締めていたので、室内風呂に向かったようだった。

 一目散に去って行った清蘭の後ろ姿を見つめたまま、音唯瑠は何も出来ないでいた。伸ばした手のやり場を失い、俯いてしまう。


「どんまい~音唯瑠ちゃん」


「シロさん……」


 すると、白千代がそう言うと共に後ろから優しく抱き締めてくれていた。

 背中に押し付けられる圧倒的存在感に同姓ながら赤面しつつも、その温もりに癒されずにはいられなかった。


「清蘭ちゃんのこと心配してあげてるんだね~。音唯瑠ちゃん、とっても優しいんだね~」


「ありがとうございます……でも、清蘭さんは行っちゃいました……」


「まぁまぁ~そう落ち込まないで。明日のレッスン終わったら、ボクも練習するように言ってみるから~ね?」


「……はい。ありがとうございます」


 優しく包容力のある微笑みで励ましてくれた白千代に、落ち込みかけた音唯瑠は元気を取り戻せていた。

 ……しかし、心の内ではやはり清蘭を心配する気持ちが消えてはいなかったのだった。

 


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